odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

開高健「オーパ アラスカ編」(集英社文庫) 広告代理店丸抱えの釣り行脚。

 北南アメリカ縦断の釣旅行は、すばらしい成果をあげた。「もっと遠く」「もっと広く」にまとめられたエッセイと写真は大きめの版で印刷され、高額ではあってもよく売れた。そのとき作家は50歳。体力にいくつか問題を抱えていても、気力は充実していた。とはいえ、大台を過ぎると、運動不足と美食とストレスは体を蝕む。さまざまな痛み、軋み、体調不良、寝不足が現れて、しんどくなってくる。ここは同じように大台を過ぎた年齢である自分にはとても共感(かつて読んだときにはさらっと流してしまったのだがねえ)。
 さて、もう一回、出版社とたぶん広告代理店の誘いがあって、あれほどの長期間で大掛かりな旅はしんどいけど、短期間(といっても数か月)の旅に出る。これまでの世界釣り行脚(「フィッシュ・オン」「オーパ」と上掲書)で行けなかったところ、釣れなかった魚を求めての落穂ひろい。そして、釣りに関する本はこれをもって打ち止めにすると宣言する。「文体の練習と縄跳び」はこれで最後というのだ(結局、3冊の本になった)。エッセイをこのようにいう作家はほかに知らない。まあ、1970年代以降にはほぼ政治的な発言をしなくなり、小説に集中するようになったので、「練習」は必要であったのだろう。ほかのところでも作家は毎日少しでも文章を書かないと、ダメになるといっていたので、書くを毎日継続することは大事(一方で、締め切り直前まで書かず、数日で一気に書く人もいて、なかなか難しい。凡人は毎日書くトレーニングをするのがよいだろう)。

 というわけで、この本ではアラスカにいきベーリング海でオヒョウを釣る(ウェーバーの歌劇「オベロン」のアリア「海よ、巨大な怪物よ」)のと、カリフォルニアとカナダで淡水魚を釣る(ドビュッシーピアノ曲のタイトル「扁舟(こぶね)にて」)の2編。オヒョウはヒラメだかカレイだかで、ベーリング海の豊饒な海で育つとドアやベッドくらいのでかいサイズになるという。この本によると、身は煮る・焼く・揚げるはダメで、刺身と寿司は絶品とのこと。そのオヒョウはこの国では「白身の魚」「フィレオ・フィッシュ」の名で大量に消費されているとのこと。ここはへえ〜。
 自分は釣りの趣味を持たないので、釣りと美食の描写はよくわからない。その代わりに気付いたのは、
・編集者と広告代理店のそそのかしのひとつは、「1ドル=240円」の円安だからというもの。1971年に変動相場制になって、1ドル=360円がいっきに300円に高くなったのだが、それから10年してもこのレートだった。それでも固定相場期の3分の2になる円高は庶民の海外旅行熱を高めたのだった。1980年前後から大学の卒業旅行で海外にいくのが当たり前になったのだった(自分は貧乏だったので、国内旅行すらしていないが)。
・カリフォルニアで仕入れた目新しい情報になるのが「ウィンチェスター・ハウス」「ハースト・キャッスル」。いずれも戦前の建物で、膨大な金を蕩尽したキッチュなもの。35年前の情報だが、自分には新鮮だった。前者はホラー小説でよく舞台のモデルになっている
・以前の作に比べると、印象が薄くなった。作家の疲労とかエイジングなどで、アクティブな活動ができなくなったところにあるだろう。それに加えて、1980年代前半から世界の情報が大量に、かつリアルタイムで送られるようになる(雑誌やマンガのほうがもっと早く新しい情報をおくるようになっていた)。作家はすでに知っていることを確認するような仕方で世界を見るようになった。作家は驚かないし、読者もなじみになっている。そういう点で、「旅行記」という文学ジャンルが終焉にむかっているのを感じた。

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