odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

開高健「白いページ I」(角川文庫) 動詞をタイトルにした随筆。体験の最重要なところは最初の一瞥にあり、混沌を書くために作家は量の言葉を動員する。

 1971-72年に雑誌に連載されたエッセイ。1975年に単行本化。

飲む ・・・ うまい水について。都市ないし国のある種のレベルを測る指標となる。

食べる ・・・ うまいもの。とれたての松葉ガニの肉。路上で食べる中華がゆ。東南アジアの焼き飯。

続・食べる ・・・ うまいもの。キャビア、山菜、ワカサギ。ただし産地でとれたてを食べるに限る。肉は熟成したほうがうまいので、都市のほうがよかった。日本酒のべた甘はよくない(1960-70年代の大手企業のつくるものはそうだった。1980年代以降、甘さを抑えた日本酒が増えたので、状況は変化しています)。

困る ・・・ かつては隠語だったことばが日常語になって、昔の意味を知っているおっさんがうろたえる。(自分は、「蟻の門渡り」は耳で覚えたのではなく、モーパッサン女の一生」で知った。)

聞く ・・・ 朝最初に聞こえる声にも土地や国、習俗の違いが出て面白い。この国では、そういう声が次第に聴かれなくなってきた。

驚く ・・・ 奄美の精霊、ハブつくしの午餐、街と住民の全員を罵倒した民謡に喝采を送る人々、一行きりの民話。

狂う ・・・ 戦争前後の大阪にいた、頭のあたたかい七ちゃん(山本周五郎「季節のない街」の六ちゃんの連想で)の記憶。

解放する ・・・ 1969年。ナイジェリアとビアフラの内戦。ベトナム戦争。戦闘行為を「解放」と「内戦」に表記を帰る際について。

救う ・・・ 同じく内戦。非戦闘員を助ける赤十字の活動が、戦闘員を支援する行為になりかねないというアンビヴァレンツについて(典型的などっちもどっち論なので、この活動や問題を考える際の参考にならない)。

拍手する ・・・ 知床半島の釣の名人とうまいものと広告をださせない飛騨高山の市政について。

抜く ・・・ おれんちの猫が一番。

見る ・・・ ゴヤの絵と無名制作者によるステンドグラスの壮観、したたかさ。現代美術の貧弱さ。

続・見る ・・・ ゴヤのすさまじさ、ことに「黒い絵」について(このころ堀田善衛朝日ジャーナルに「ゴヤ」を連載中)。

すわる ・・・ 過去10年は世界中を旅してノンフィクションを書いてきたので、今後は創作に向かおう。

弔む ・・・ 1965年2月14日のジャングル戦を毎年、同行したカメラマンと悼む。

流れる ・・・ 知床に流氷を見に行く。

続・流れる ・・・ 前章の続き。北海道の自然人について。

学ぶ ・・・ 1968年5月革命、ベトナム戦争林達夫「歴史の暮方」讃。

遊ぶ ・・・ 「フィッシュ・オン」と「輝ける闇」の特装本を一年かけて作った話。

書く ・・・ 作家になりたい人へのアドバイス。(筒井康隆の「あなたも流行作家になれる」1969年とは真逆の指摘。)

余技る ・・・ 匿名ポルノを書いた荷風と19世紀イギリスの匿名紳士、外交官の仕事のあいまに大著を書いたカー。余技を持ちなさい。


 達意の文章を書くなあと感心していたものの、こうやって数年の間に作家の書いた本を集中して読み直すと、何度も同じ話をしてくるのに閉口する。なるほど、それぞれの体験は作家にとって得難い貴重なものであったとしても、どうやら最初に書きつけたときの興奮と混乱の残っているうねりくねったもどかしい、しかし熱のあるときのものの方が印象深い。ここでも、ナイジェリアやビアフラやベトナムやパリのことが出てくるが、1960年代に書かれたエッセイの方がおもしろかった。
 そのうえ、作家はいろいろと文章を書くこと、小説を書くことに弁を立てているが、作家の感覚とか体験の最重要なところはその最初の一瞥にある。ここで対象の全部が「わかる」。しかしそれは言葉にしがたい。興奮と混乱が残ってうねりくねったもどかしいことであるから。それを作家は書くために、大量の言葉を動員する。どうやらここに作家は注力したらしく、その先の議論や意味付けには時間をかけなかったようだ。そのために、その重要な一瞬を過ぎた後の思考やまとめは陳腐。「救う」の項に典型的なように、複数の主張を並べ、それぞれの正当性とあげて、さあ、というところで筆を終わらせる。どっちもどっち(しかし高踏派である私はどちらかに肩入れすることなく、メタ視線で述べますよ)と書く。たぶん、これがこの作家の文章、とくに論をはったものを繰り返し読むことがつまらなくなる理由。
 このエッセイではノンフィクションを書くと創作に悪影響が出るといっていたが、この作家ではノンフィクションの方が面白いのだよな。小説では本人が生前には単行本化しなかった「渚から来るもの」が最も印象的だったし(ほかに読んだ小説は3冊なのでバイアスが入っています)。

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