odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

開高健「私の釣魚大全」(文春文庫)

 1964-65年にかけてベトナムに行き、その経験を蒸留して長編小説に仕上げる算段であった。「渚から来るもの」は書けたが満足いかず、「輝ける闇」を書こうにも書けない。自宅の書斎やホテルで悶々としているなか、ある雑誌から魅力的な提案を受ける。各地の釣り場にいき、そこでしか見られない魚を釣ることにしよう。というわけで、まず関東近辺から始まり、北海道、九州、徳之島、八丈島から漁船で25時間かかる「ソウフ」岩などを訪ねる。別の用でドイツに行けば、パイクやマスを狙い、ベトナムナマズみたいな魚を釣った時の記録も加える。全12編をまとめたのを1969年にだし、そのあとの随筆を加えた増補版を1976年に出した。自分の読んだのは、1978年に出た文庫版(買ったのは1982年の第12刷)。
 これと「フィッシュオン」を読んで、たちまち著者の釣りと旅のエッセイのとりこになったのである。あれ、先に「オーパ」か「もっと遠く」「もっと広く」を読んだのだっけ。当然、全部で10冊くらいはあるエッセイを読んだことになる。そのうえ、この本のタイトルのもとになるウォルトンの「釣魚大全」角川選書も読んだのだった。あいにく18世紀の名随筆はなかなか大変だった(サヴァランの「美味礼賛」は楽しんで読んだのだけどなあ。とはいえ、著者に倣って釣り師になったかというとそうではなく、いつまでもインドアでめったに外に出ることのない無聊をかこっている。名目はこの本にもあるように、釣り師が増えて漁場を荒らし、魚の減少をもたらしているのであれば、自分がその一員になるのは控えておこうということ。それは釣りだけではなくて、ゴルフをしない理由であるし、尾瀬沼ほかの自然保護地域に足を入れない理由でもある。そこにいく特別な理由をもっている、ないし特権的にその土地に入ることを許される自分であるとは思わないから。まあ、めんどくさいからだよ。

 この本では釣りの楽しみがぞんぶんに書かれ、ついでに食事と酒の楽しみも。それを達意の文章でつづっているので、これは楽しむに限る。本人はスランプ中の手慰みで文体が未発酵というのだが、素人からするとそんなことはない。これほど表現と想像の力を持つ文章はめったにお目にかかれない。
 気づいたのは、
・著者は30代の後半であって、体力がみなぎっているとき。往復50時間の漁船に揺られたり(船室の栗の花の匂いで眠れないというのが笑える)、氷雨のなか腰まで水につかって6時間粘ったり、東北を北上して津軽半島の付け根に行きさらに日本海側に出るという2週間ほどの強行日程を組んでみたり、釣りの前日に半徹夜で焼酎を飲んで朝5時に出発したり。この行動力と体力は10年後の「オーパ」の時には消えている。なるほど本人は「文体は未発酵」といい、後年の物に比べるとそうかもしれないが、それを補うのがこのみなぎる力。文章も身体の反応について詳しい。後年のになると、観察と観照に優れて、身体の記述はつらく痛々しいものになる。
・記述の対象は、著者が五感を使って体験したことにほぼ限られる。まあ、その結果、歴史の記述がほとんどない。せいぜい狙いをつけた魚がどうやってその川、湖、沼に生息するようになったかということまで。そこから政府や組合の思惑とか、生態学者・魚類学者の研究史とか、都市や観光地の開発史にも筆は運ばない。最初の読者(「旅」という雑誌に連載)がそういうものを望まないのもあるだろうが、釣りという身体運動を記述するにあたり、ことは人間の身体と自然の対決ということであれば、人間の思惑や歴史はその場所に持ち込む必要のないもの。描かれるべきは、釣りという身体運動の微細な変化とその時の感情のみでよいという著者の決意にあるに違いない。
 とはいえ、ベトナムの釣りを記述するときには、ベトナム戦争のことにまで筆は運ばれる。戦争のさなかであれば、釣りをすることも政治的な行動であり、それは「銃弾」と人間の肉体の対決であって身体の微細な変化とその時の感情は「釣り」と同じくらいに緊張と充実をもたらすからだろう。