odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「キリオン・スレイの復活と死」(角川文庫)

 1974年のキリオン・スレイ第2作。キリオンの日本滞在も長くなって、だいぶ達者に日本語を操るようになったが、世間話や推理比べになると、とんちんかんな言葉を持ち出してくる。

ロープウェイの霊枢車 ・・・ 女性モデル3人とカメラマン、編集者が富雄とキリオンを誘って、スキー場での撮影に行くことになった。ゴンドラで上がる途中、モデルのひとりが体を崩らせるた。せんまい通しで胸を刺されて死んでいたのだ。密室のゴンドラでの殺人。怯えたモデルは夜中にキリオンに助けを求めに来るが、花瓶の割れた音がして一人が失踪。雪の中で倒れているのが見つかる。この騒ぎの最中に、ゴンドラに乗り合わせた売れない女性歌手が殺されていた。手には顔を切られたポルノ写真を握っている。ゴンドラの騒ぎは、モデルのひとりがキリオンに迷惑をかけたことがあるので、キリオンの好きな探偵ごっこができるようにと、他のメンバーが仕組んだもの。でも殺人は考慮外だった。普段のセンセーの短編の倍の長さで、登場人物が多くて、事件も複雑。でも読みづらくならないのはセンセーの手腕。

情事公開同盟 ・・・ 大きなマンションの住民に「情事公開同盟」を名乗るいたずらの封書が送られた。たまたま受け取ったモデルにキリオンは捜査を依頼される。都会の、マンションの水は冷たくて、容易に明かしてくれない。たまたまモデルの家に行ったときに、いたずらの封書を握りしめた男が殺されているのが見つかった。このころ高層マンションがいろいろできて、住民が互いに無関心になったものだから、証言が集まらないという嘆き。でも、住民は若いのでバイタリティがある場所だった。

八階の次は一階 ・・・ 編集プロダクションで打ち合わせをしていると、人を殺してきたと言って窓の外にでた女性がいる。現地を調べたが死体はない。社員が説得し、ようやく顔をしっているカメラマンのいうことを聞いて救出する寸前に、女性は落下した。現地から離れたところで、女性の殺したという死体も見つかった。小説の大部分はプロダクションの一室でおこり、最後の2つの節が別の場所。息苦しくなりそうな緊迫感。

二二が死、二死が恥 ・・・ 出版社のパーティで、キリオンが飴屋細工に見とれていると、推理小説化が話しかけてきた。突然、彼は崩れ息絶えた。別の作家のグラスを間違えて飲んだ後のできごと。周囲には関係者が50人。とくに恨まれている風にもみえない。どうやって? なぜ?

なるほど犯人はおれだ ・・・ キリオンがなじみにしているスナックのママが殺された。閉店になって、キリオンらが引き上げた翌日、ママの妹が発見した。室内は物色され、被害者は下着まで脱がされていた。さて、推理好きの大学生が室内の様子をみて、キリオンが犯人だといい、キリオンも納得する。3日たったら警察にいうことにするので、身辺整理しろといわれたのだが、キリオンは気乗りがしない。人の感情の膿が噴き出てきそうでという。

密室大安売り ・・・ 池袋の地階のスナックで、詐欺師兄弟の片割れがトイレの中で首を切られて死んでいた。相方はすでに行方不明。発見者がトイレのドアをがたがたさせているところに、張り込みの刑事が来た。狭いトイレに、狭い階段、刑事の監視に客の視線。密室状況が複雑にからみあっている。前の短編で、キリオンを犯人にしてしまった大学生が復讐戦ということで、スナックにいって事件を再検討する。大学生の側から書くと「名探偵もどき」になるな。

キリオン・スレイの死 ・・・ ラブホテルで女性とアメリカ人男性が死亡。女性を殺して男性が自殺した様子。ホテルの支配人が男性の最後の言葉「キリオン・スレイ」を聞いた。女性とアメリカ人男性の接点が不明だったが、どうやら女性が暴力団関係者でヘロインを男性に渡していたらしい。それを別の暴力団が横取りしようということで、本物のキリオン・スレイを拉致した。ヘロインの隠し場所を吐け、ということで、キリオンの命が危ない。クリスティ「うぐいす荘」の趣向も交えながら、サスペンス風に仕上げる。ここでいったんキリオン・スレイは退場。


 1974年(雑誌連載は1973-74年)を振り返れば、小さな転換期だった。ニクソンショックオイルショックで日本の経済成長はストップし、一度マイナス成長になった。不況なのにインフレが進行するという奇妙なできごと(振り返るとたんにオイルが不当に安かったのと、実体よりも円安にされていたのが是正されつつあったからという単純なわけだった)。都市ばかりが金を持っているのは不当だと、田中角栄が地方に金をばらまいて、箱モノを大量につくっていた。
 そんなわけで、ようやく戦後ずっと衣食住は代用品か狭小だったのをすこしばかり贅沢に広くするだけの余裕を持つ人が増えた。その反映が、短編の舞台になるスキー場やマンションやスナックやビジネスビルやホテルやラブホテル。著者からすると、書いているときのあたりまえを描写しているだろうが、時間が経過すると当時の風俗の良い資料になった。最初の「ロープウェイの霊枢車」はミステリじみた構成だが、しだいに風俗描写に力が入り、解決も錯誤や複数の思惑の混交など地味なものになっていく。
(キリオンの探偵術は、富雄や西郷警部補らと話し合い、議論することで、自分の考えをブラッシュアップするというもの。富雄や途中にでてくる大学生のような浅はかなものや思い付きに終始するものがいて、日常的で平凡な解釈をし、それを反駁していく。この探偵術、というか推理談義は著者のお気に入りで、コーコシリーズに踏襲される。)
 キリオンと富雄が目白に住み、新宿や池袋に盛んに飲みに出かけるが、このあたりには多少土地勘があるので、情景を実際の場所の記憶に重ねることができて楽しんだ。