odd_hatchの読書ノート

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筒井康隆「虚航船団」(新潮文庫)-3

2017/10/04 筒井康隆「虚航船団」(新潮文庫)-1 1984
2017/10/03 筒井康隆「虚航船団」(新潮文庫)-2 1984


 第3部は「神話」。恐るべき速度で進んだクオールの科学技術は核兵器の開発を可能にし、おろかな政治家たち(オコディ、ステーテン、イイズナノカクエの命名が可笑しい。みんなは元ネタがわかる?)の政争によって都市攻撃に使われた。その閃光は文具船にも確認され、ここに文具船によるクオール殲滅戦が始まる。
 カマキリを載せた攻撃船の破壊でもクオールの24億の住民を殺戮できず、毒ガス散布、ウィルス散布とエスカレートしていき、ついには核攻撃に至る。しかしイタチは穴を掘り、地下壕で暮らせるのであり、共食いを日常にしているため、容易に殲滅できない。文具船は和平の道を閉ざされているので、おのずと戦いは長期化する。すでに第2部の終わりから15年とも20年とも思われる長い時間が経過している。援軍もなく、数の少ない文房具は、しだいにイタチの逆襲にあい、次々と戦死していく。
 第3部は戦いと戦死の模様の詳細な記録。これが沼田多稼蔵「日露陸戦新史」、司馬遼太郎坂の上の雲」などの多数の小説や架空戦記と異なるのは、戦況を鳥瞰する視点はいっさい取らず、登場人物のひとりごと・内話・連想でもって記述されること。50行くらいかけて、自分に起きたこと見たこと聞こえたことを優先順位なくことばにし、あいまに内話も加わる。感情とか思考とかもあるのかもしれないが、それは言葉に変換されて発話するか内話するかしないと「感情」とか「思考」にならないので区別はしないし、とりあえずの視点の対象が外と内のことばを処理している間は身体の動きは言葉に変換することでようやく認識されるとなると、こうやって言葉を次々に繰り出すしかない。およそ内面とか人格の深みとかを読み取ることはできないのであるが、内面や人格は小説においてはそれがあると作者が宣言することによってようやく「ある」のであるから、そのようなものをもたないキャラクターはそれでよいわけだ。そうやって書かれた一人の主体のことばは改行のあと説明なく別の話者に移る。通常は最初の話者の近くにいたからなのではあるが、ときに全く関係のない話者に移動する。なぜその話者に変換したのかは説明されない。そのような唐突な展開が続く。
 新作として読んだときはずいぶん面食らったものであるが、四半世紀を超えて読み直すと、なるほどこれは中南米文学で頻出した方法なのであった。バルガス=リョサの大長編とかマヌエル・プイグの長編を思い出すわけで、もしかしたら別の作家にもあったかもしれない。これは多数の人間が同時に世界で何ごとかを起こしていることを全体として記述するための方法に他ならない。できごとの全体を見渡せる「主体」や「視点」がなくなったところでは(文具船の「通信室」はそのような全体の概況を知ることができるかもしれないが、できごとの精度は保証されないし、味方の戦死戦病死が起きては情報は入手できない)、個別の話者の羅列をするしかなく、正確であるかどうかも保証はないが、読者が全体を仮構しなければならない。一度仮構しても新たな情報でそれは覆され、再度仮構する。それが読書の積極的な運動に他ならない。 
 文房具たちは第1部で紹介されなかった連中も加えて11のグループに分けられ、各地に配属される。彼らが自分の狂気を亢進させ、同僚や上官の狂気に脅かされながら戦闘を行い、鼬族の逆襲にあって死亡していく。狂気の行く末の悲惨で滑稽な死。さまざまな死に方は「残虐展覧会」。狂気を亢進させたり正気にもどったりしながらも、死が訪れる詩は「無」となって話者を覆い尽くす。
 その点で印象的なのは消しゴムの死か。自分の間近の死を認識した消しゴムはそのあとの死の叙述を消しゴムの使用価値を使って消してしまう。それは本の空白となって表現される。
 ほかに興味深いのは、戦闘から逃亡しクオールの歴史に深く傾倒し残された資料を使ってクオール史を書く兄三角定規。数十年の歳月をかけて完成させる。その直後の滑稽で悲しい死。ナンバリングは「すべてが0になる」を達成して哄笑し、その声は日付スタンプのトラウマを呼び覚まし、数十年ぶりの邂逅をはたす。あるいは通信室の紙の楮先生。一人残った先生は全員の名簿をつくる。その先には一人ぼっちの餓死が待っている。これらの「愛すべき」人々におこるさまざまな死には感情移入できるであろう。
 一方、鼬族で印象的なのはマリナ・クズリという女性であろう。怪我をしたコンパスを介抱するうち、情が移り、彼女は懐妊する。その息子は20歳になっても口を開かず、マリナの叱責に緩慢に答える。「ぼくはこれから夢を見るんだよ」。

2017/09/29 筒井康隆「虚航船団」(新潮文庫)-4 1984