odd_hatchの読書ノート

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筒井康隆「全集11」(新潮社)-1971年後半の短編「郵性省」「経理課長の放送」「将軍が目醒めたとき」

 1971年下半期の短編。

郵性省 1971.06 ・・・ オルガスムスに達したとき、ある場所をイメージするとテレポーテーションできる技術、オナポートが高校生によって開発され、日本は大発展を遂げる。都筑道夫「池袋の女@狼は月に吠えるか」(文春文庫)と比較せよ。

法外な税金/ブロークン・ハート/差別/最初の混戦/客/遠泳/フォーク・シンガー/いいえ ・・・ ショートショート

新宿コンフィデンシャル 1971.07 ・・・ 名声を得たいと思って新宿にでてきた「おれ」は女に誘われるまま事務所を開く。すると電話がかかってきて「会議」を開くことになる。テレビに出、事務所に人が増え、雑用が増え、しかし全容がわからない。新宿という場所は、こういう得体のしれない連中をひきつけ、何事かの立ち上がりがあり、ハプニング(死語)に誰も驚かない、猥雑な町だった。永島慎二「フーテン」とか真崎守「共犯幻想」とか大島渚「新宿泥棒日記」とか。

アル中の嘆き/消失/女の年齢/鏡よ鏡 ・・・  ショートショート

経理課長の放送 1971.12 ・・・ 夢幻放送株式会社はスト中。放送に穴を空けてはならないという社長の命令で、経理課長が、喋りも歌もだめなぼうっとした中年の冴えない男が、放送することになる。技術も重役や部長クラスで現場のやり方を知らないからしっちゃかめっちゃか。それを経理課長の独白だけで書く。初読のときに、大爆笑しましたよ。今の年齢ではそこまでできないけど、笑えました。まごうかたなき傑作。支離滅裂なQ&Aとか、文字の脱落(ここではマイクのスイッチが切れたことを示す)とか、酔っ払って発音があやしくなっていくとか、このあとの言語実験がここに現れていた。参考「バブリング創世記」

将軍が目醒めたとき 1971.12 ・・・ 自尊心が強く癇を起こしやすい青年が妻との不和で狂気に陥った。精神病院に収監されて47年。彼の奇矯な言動は世間の耳目を集めてきた。それが72歳になって正気に返る。医師も病院長も軍人も狂気のままでいてくれと懸命に頼む。見様見真似で狂気のふりをする老人。実在した蘆原将軍に取材した一編。細部はもちろん虚構。ストレートに読むと、正気と狂気の差異とか、個人の正気と社会の狂気の関係とか、社会の人気取りのために狂人ですら利用する軍人の悪辣さとか(狂気のファナティズムや排外主義や軍国主義を庶民はありがたがるとか。21世紀の10年代に読むと、うすら寒くなるぜ)。

筒井康隆全集〈11〉乱調文学大辞典.家族八景

筒井康隆全集〈11〉乱調文学大辞典.家族八景

 「腹立半分日記」を読むと、このころは東京に住んでいて、SF作家と盛んに遊んでいた時期(神戸に移ったのは1972年)。作家も若かったし、新宿も銀座も若かった。小説もバイタリティあふれるものばかりで、人物たちは懸命にナンセンスやスラップスティックを演じる。物語も後半に向かうにつれて、ハイスピードになっていく(たぶん物語の速度は当時の小説の中では群を抜いて速い)。このあたりの技術を身に着けて、作家は流行作家になっていき、ファンクラブのできた最初の作家になる。
 そろそろ初出から半世紀にもなると、背景の社会や思想や精神や気分が分からなくなっただろうから、この娯楽小説にも注釈が必要になるだろう。「経理課長の放送」のストとか、「新宿コンフィデンシャル」のオフィスの雰囲気とか(電話のみあって、コピーもFAXもパソコンもたぶんクーラーもないのだからね)。