odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

筒井康隆「全集9」(新潮社)-1970年の短編-1「逃げろや逃げろ」「空想の起源と進化」

 1970年おおよそ上半期の短編。

欠陥バスの突撃 1970.01 ・・・ 色情、サラリーマン根性、老人、放蕩、計算機、気障、創造、知識、子供、アニマ、食欲、サービス、批判、アル中、自虐、好奇心、運転手の18人が欠陥バスを運転しながら、靖子とデートに行き、ホテルに誘う。われわれの心理(ことに男)はこういう欠陥バスのごときものなんだろうね。登場しないあと一人は誰でしょう(答えは秘密の日記に)。

となり組文芸 1970.01 ・・・ 浅草の町人全員が同人誌作家になったと思いなせえ。売れっ子と重鎮の確執とか。「大いなる助走」のはるかな前駆。
息子は神様 1970.01 ・・・ 生まれた息子の背には130ワットの光背があった。神様の生まれ変わりと喜ぶ妻。育つ子は次第にいたずら者で乱暴に。正のスティグマを持つ子への親の関心の向け方。ほぼ同時代の大江健三郎空の怪物アグイー」「個人的な体験」と比較せよ。

たぬきの方程式 1970.02 ・・・ ゴドウィンの「冷たい方程式」のパロディ。元ネタを知らなくても楽しめるが、知っている方がよい。密航者は女性ではなく、タヌキだった。極限状況で選んだたったひとつの冴えたやり方・・・。

夜を走る 1970.02 ・・・ アル中治療中のタクシー運転手。客との話からいらだって、酒を飲みだし。

肥満考 1970.03 ・・・ 肥満した女流作家がダイエットしながらハンティングの小説を書く。現実と小説の境があいまいになっていって。テーマはひどいもんだが、技術がすごい。

猛烈社員無頼控 1970.03 ・・・ 猛烈社員になるべく進んで洗脳された田舎者の凋落するまで。この年にはすでに猛烈社員は時代遅れだったのか。

逃げろや逃げろ 1970.04 ・・・ デモを見物したら、機動隊が攻勢に出た。逃げだしたが白ヘルメットを持っていたので、機動隊の追いかけはしつこい。ある家にかくまってもらったら、そこの女が誘惑し、夫の機動隊員が駆け込んできて、妻を射殺し、逃げ出さなければならなくなる。追跡は大掛かりになり、無実の罪が積み重ねられ、とうとう派出所に追い詰められ・・・。当時のデモと機動隊の暴力が都市の路上で行われ、TVで放送されていたことが前提。途中、元運動家が隠語だらけでしゃべるが、当時の青年は注釈抜きでわかることば(アオカイ、ボナパる、ゲバる、ミンコロ、ヒヨる、カンモクなど。みんなわかる?)。これも小さなことがどんどん拡大して大げさになっていく手法。「機動隊」の追跡はリアルな恐怖であるが、「取的」という暴力の象徴になるとファンタジーが増す(「走る取的」)。

横車の大八 1970.04 ・・・ 江戸から明治にかけての解体専門の大工名人の話。この時代には壊すときのことを考えてビルをつくることはなかったが(なので、あさま山荘事件で使った鉄球などを使う)、21世紀にはビルの設計に解体を考慮するのは普通になった。話が面白いので、悪乗り・大げさ・でまかせなどはなし。

代用女房始末 1970.04 ・・・ 人間とアンドロイドが結婚するようになった時代。

空想の起源と進化 1970.04 ・・・ 文壇バーで若い流行作家がくだをまいている。あんまり大声をだしたものだから、長老作家ににらまれた。ホステスと逃げ出して、無文字時代の語り部になる。そこでも祝詞を語る長老に、無数の物語を語りまくる軽佻浮薄な若者はにらまれている。古代の妄想と現実の境があいまいになっていって。技術がすごい。そういえばこのころ吉本隆明が「言語にとって美とはなにか」1965年で、無文字時代の最初のことばの発見/発明を妄想していたなあ。


 この短編集(1970年は長編を書いていないらしく、短編がそのあとの年よりもたくさん書かれている)に収録されている短編では、SF的な発想(宇宙船とか未来都市とかBEMとかタイムマシンとか)を駆使するよりも、現実で起きていることを誇張し、状況に投げ込まれたキャラクターが大げさに反応して、エスカレートしていくという手法で書かれたものが多い。それだけ現実が奇怪で、猥雑で、暴力的で、めちゃくちゃであったということだし、経済発展があって去年より今年の給料が高くなるのがあたりまえで、現実の人間の反応も激越で行動にすぐに転化しやすかったということだ。携帯やスマホやネットはあるはずもなく、家庭への固定電話普及率も100%にいたっていない。人が情報を得るためには路上にでて、店をまわり、人と会うしかない。書斎でSF的発想をこねくるよりも、路上のできごとを観察する方が面白かった時代(SFがブームになるのは、数年後の不況が来てから)。