odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

筒井康隆「全集3」(新潮社)-1966年の短編「最高級有機質肥料」「ベトナム観光公社」

 1967年と1968年前半の短編。中間雑誌やティーン向け学習雑誌などに発表した短編を収録。

産気 1966.07 ・・・ 男性課長の正田が妊娠した。会社勤務中に産気ついて。ここで終わらずさらに続ければ傑作。昭和40年代だと書けるのはここまでか。

サチコちゃん/ユリコちゃん ・・・ ショートショート

火星のツァラトゥストラ 1966.08 ・・・ 2250年に火星でツァラトゥストラブームが起きて、たまたま風貌が似ていた山師がスターになったと思いなせえ。マスコミとスター、トリックスターが出てくる一連のこの後の作品を思い出そう。そういえば、「超訳 ニーチェの言葉」とかいう本が21世紀のこの国でベストセラーになったなあ。

くたばれPTA 1966.08 ・・・ もしもSFマンガがPTA(というより女性グループ)につるし上げられたら。数年後に永井豪ほかの少年ジャンプマンガにおきたことの先取り。このころは糾弾するばかりで、双方が納得できる落としどころを見つける運動がなかったからなあ。

最高級有機質肥料 1966.10 ・・・ 植物人間の住むミトラヴァルナ星に赴任した大使の体験。おお、この修辞と弁舌。凡百のグルメ本を凌駕する熟成した美麗な文章。しかも作家本人が取材して書いたというからステキじゃないか。さらにファースト・コンタクト・テーマの新機軸。他者を知ることは自分を知ることにほかならない。文体と修辞による自己認識、自己変革。傑作。「コレラ」1970.01も一緒に読もう。

猫と真珠湾 1966.10 ・・・ 「私の小説作法」というエッセイが書けなくて困った。マンガだとできることが小説ではできにくい時代。まあ21世紀には小説もプロダクション化されているし、いずれAIが書いてしまう(すでに創作支援ソフトがある)。ちなみに、こういう主題のない、どこにいくかわからない、結論のない随筆を石川淳がよく書いていた(彼のは芸)。

ひずみ 1966.10 ・・・ 星新一「おーい、でてこーい」の筒井版。

時越半四郎 1966.11 ・・・ 江戸時代の武家に、近代人が生まれたと思いなせえ。まあ、この国の<システム>は封建時代から変わらねえなあ、とため息をつく。あと時代小説、伝奇小説では半四郎のような異能者異邦人は決闘にも強い。しかし決闘を避ける/受けない主人公をつくりだしたのはこれらのジャンル小説への批判が含まれる(と思う)。

ほほにかかる涙 1966.11 ・・・ 他人に感情移入しすぎてすぐに泣いてしまう男、眼医者にいって手術してもらう。これも身内に親切で部外者に敵対的なこの国の<システム>だからこそ起きること。

慶安大変記 1966.11 ・・・ 高校生が姉の恋人の大学生と予備校生をたきつけたら、戦争になった。「慶安の変」の人物名を換骨奪胎。敵対グループの抗争過激化は「旗色不鮮明」「おれの血は他人の血」「3丁目は戦争です」などでおなじみだが、気に入らないのは「おれ」が漁夫の利をとろうとして、事態に無責任で、被害を受けないところか。そういうのが当時の高校生(「高三コース」発表)なのか。

月へ飛ぶ思い 1967.03 ・・・ 日本人初の月面着陸計画のパイロット、出発前の15時間の外出許可をどのように使ったか。

あるいは酒でいっぱいの海 1967.05 ・・・ オキシジェン・デストロイヤーではなくハイドロジェン・ジェネレーター(水をエタノールに変換)を発明してしまったら。

ミスター・サンドマン 1967.05 ・・・ 砂の怪物が深夜に活動を開始。なにが起きているかわからないが不気味さだけ伝わる。

白き異邦人 1967.05 ・・・ 緑色人に生まれたアルビノが異星からの放浪者と出会う。同時期のル・グインの短編みたい。

ベトナム観光公社 1967.05 ・・・ 世界のどこにも冒険がない時代、ベトナムではイベント化された「本物」の戦争を体験できる。「新宿祭」を参照。

公共伏魔殿 1967.06 ・・・ 毎月受信料を支払う仕組みに腹を立て、公共「放送センター」に行き、屋根裏から恐るべき実態を観察する。


 SFを支える読者がまだ少なく、年長の編集者や作家にはSFに偏見のあった時代。発表媒体を拡大し、SFであることを越え高に主張するのではなく、手法を使って書いているころ。模索の時代。収録された作品をみても、とても幅広い。そのパワーにも驚くが、どうじにここで試したことをその後も発展させていく熱心さ、自己評価の高さにも注目。
(とはいえ、模索の時代なので、傑作佳作は少ない。)