odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

柄谷行人/蓮實重彦「闘争のエチカ」(河出文庫)

 1988年にでた対談。著者らは当時40代のなかば。すでに複数冊の単行本を出していて、数年前の「ニューアカ」ブームで名が知れた存在になっていた。そのような二人の対談。

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 20年前、10年前、今と三回読んだ。まったくわからず圧倒、刺激的な指摘が多数という感想を経て、今の読み直しでは蓮實重彦の発言はよくわからず、柄谷行人の発言は当時連載中の「探求 I」とそのあとの仕事(「探求 II」「終焉をめぐって」「戦前の思考」)の先取りなのが判明。この対談ですでに着想していたことごとを数年かけて、文章にしていったと思える。そうすると、論文のほうが筋が追いやすい(わかりやすいとはいわない)ので、そちらを読んだほうがいい。なので、ここではサマリーは作らない。
 「闘争のエチカ」というタイトルは、蓮實重彦の発言から。少し背景を説明しないと、わかりにくいと思う。
 すなわち、1970年代に原油価格があがり、ドルと金の兌換停止によって先進諸国は経済の失速が起きたが、日本はうまく乗り越えて(省エネ技術の開発と低賃金あたり)、80年代にはほぼこの国だけが経済成長を遂げていた。日本の商品は世界を席巻し、それまでは粗悪な安いコピー品といわれていたのが、高品質で新技術を搭載したハイエンド商品を作るようになった。株価や地価が上昇。外貨もたくさん保有し、債権国となって政治的な主張に耳を傾けさせられるようになった。アメリカに次ぐGDP世界第2位に上り詰めたのもそのころ。敗戦後「西洋に追い付け」というスローガンでやってきたこの国が、その目標を達成したと思えるようになった時代。
 他の国の失速があり、日本の繁栄があったので、とくに東京には人が世界から集まった。通常、都市は金融や産業や政治の中心となるのだが、東京はそんな中心がなかった。でも、ひとは集まり、電気を大量に消費し、物を浪費していた。天啓的な場所が秋葉原と新宿。人と物と金があり、情報が集まった。なので、東京は新しいタイプの都市と思われた。資本主義はネーションにとどまることはなく、トランスナショナルに広がっていくものであるが、東京はその象徴的な場所として世界につながっていくと期待される。
 しかし、一方で起きたのは「西洋に追い付け」ミッションを達成したこの国の在り方の変化。目標達成と次のミッションの不在で、「ひと」は西洋をロールモデルにしなくなる。先のトランスナショナルな在り方になったことで日本が未来のモデルである思うようになった。西洋のモダンではなく、日本のポストモダンが先に行っているという自覚。日本的なやり方の称揚、共同体の強化、価値相対主義、人治主義など。無自覚にだが、江戸時代になろうとしたのだ。共同体強化のばかげた事例は、円高原油安で空前の税収があったとき、余剰金を国債の償還に使わず、地方自治体にばらまいたこと。金をよこせと言ったが使い道のアイデアがない自治体は、ホールなどの箱もの建設に使った。結果、使われずに放置される建築物がたくさんできる。田舎を東京と同じにしろという、横並びの平等が実行されたのだった。
 この状況を対談の二人は、東京(トランスナショナル)対共同体、「交通」対生産、ニュース対物語の闘争であるとみる。前者が国際性、交通空間を目指すのに対し、後者は自足性、共同体にこもる。このせめぎあいが小説や批評で起きていて、それを「闘争」とみる(エチカは「社会」的で、道徳は共同体的であるので、エチカ・倫理が選ばれる)。
 初読や再読のときは、この「闘争」は具体的でなかったが、21世紀の10年代には政治と路上の「闘争」、社会運動として見えるようになった。2011年からの反原発運動だし、2015年の反安保闘争だし、アンチレイシズムの運動だし。これらは共同体の維持や強化を図る勢力(自民党日本会議がよく見えるものであるが、資産をもった豊かな人々もそう)に対する自由主義や民主主義の対抗。
 さすがとこの対談は対抗運動のマニフェストにはならないが、日本の共同体強化(それをポストモダンと呼んでいいだろう)が80年代にあったのを明らかにする。あの時に、共同体強化の反動に対する有効な対処をしなかった自分には耳が痛いこと、この上もない。ま、遅ればせながら、「闘争」に参加してますよ。