odd_hatchの読書ノート

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コナン・ドイル「シャーロック・ホームズの事件簿」(創元推理文庫)-1 セルフパロディと差別意識。

 ホームズ譚の最後の短編集。1921年10月号から1927年4月号にかけて発表された12の短編を収録して、1927年に上梓。


高名の依頼人 The Illustrious Client ・・・ 高名な将軍の娘がある男と恋仲になった。その男は有名な犯罪者であり、犯罪組織の親玉。そのことを伝えても娘は恋を翻さない。ホームズの口利きにも応じない。そのうえ、ホームズは闇討ちに会って重体に。そこでホームズのとった対応は・・・。むちゃくちゃ後味の悪い一編。私的制裁はだめ。ホームズがいかに娘を説得するかに期待していたのだが、この結末の付け方はだめ。

白面の兵士 The Blanched Soldier ・・・ ボーア戦争で知り合った戦友と帰国したら会おうと約束したが、その男は連隠してこない。実家に行ったら、家族にけんもほろろの扱い。ところが、夜、戦友のまっしろな顔を見た。それでも家族はいないと言い張る。ホームズに事件を依頼した。これはアウト。いくら時代の制約があるとはいえダメ。珍しくホームズが自分で書いたという設定。

マザリンの宝石 The Mazarin Stone ・・・ 首相と内務大臣がやってきて、盗まれたタイトルの宝石を奪還してくれとホームズに依頼する。ホームズは自宅をコン・ゲームの舞台にすることにした。ホームズに似せた人形を窓際において欺くという趣向が楽しい。でもそれだけ。ワトソンに用事をいいつけて外出させていたので、記録を取ったのは別人だが、いったい誰だ。このころ雇れたらしいビリーというボーイか。

三破風館 The Three Gables ・・・ ロンドン郊外の家を欲しい、それも家具付きでというおいしい話が舞い込んできた。奇妙なことに持ち主の家具その他まで持ち出せないという契約書を出してきた。契約を拒否すると、今度はやからを使って脅しをかけたり、夜間に家宅侵入したりしてきた。ホームズさん、助けて。「赤髪組合」の変奏。ボクサー崩れの黒人の描写が差別的。作家もホームズも。

吸血鬼 The Sussex Vampire ・・・ 若い後妻がいる。この女性に奇妙なうわさが絶えない。幼児の血を吸っているというのだ。吸血鬼が現れた? ホームズはこの家の家族構成を聞いて推理する。母親の奇妙なふるまいが別の意味をもっているというのは「唇のねじれた男」の変奏。意外な犯人はクイーンのある高名作の前駆。家の問題を明らかにするが、憑き物落としをするまでには介入しないのはリュー・アーチャーの先駆。

三人ガリデブ The Three Garridebs ・・・ アメリカの弁護士が海を渡ってきて、「ガリデブ」姓を3人見つけると500万ドル(現在価値でいったいいくらになるのか?)の遺産を相続できるという。ホームズが探すと、3人目のガリデブ氏は偏屈な考古学者。なだめすかして弁護士のところにいかせた。「赤髪組合」の変奏。1902年の事件で、ホームズの部屋には電話が引いてある。事件のころは人類学(ただしE.ヘッケル流の差別的色合いのあるもの)が人気だった。
(この短編は「クィア短編小説集(平凡社ライブラリー)」に収録されている。なぜクィアなのかは自分にはよくわからない。ネットで検索すると、「ホームズが銃撃されたワトソンを心配するシーン」にみられるとのこと。「瀕死の探偵」にはその逆のシーンもあるので、両方並べてみるといいかも。「クィア短編小説集」には「赤毛連盟」も収録。)

 この短編集の存在を若い時に知らなくて、たまたま読んだのが40歳になってから。そのとき、内容がさっぱり頭に入らなかったのだが、今回もそうだった。謎の解明よりも冒険を描きたいらしく、それでいてものごとを詰め込みすぎるものだから、ストーリーがぎくしゃく、ごちゃごちゃしている。これは俺の偏見だが、1920年代のドイルはオカルト、心霊現象にこっていて、超常現象が実在するという講演を西欧中でおこなっていた。そういう非合理な思想であることが、探偵小説(謎解き)という合理主義や論理主義の物語にあわなくなったのではないかしら。この短編集の前に「夢の国」という合理主義のチャレンジャー教授がオカルトに転向するという話を書いているくらいだし。
 そのうえ、オリジナルなストーリーを作れなくなって、セルフパロディが増えている。上のサマリーに元ネタを書いておいた。ドイルは疲れていたのだろうなあ。


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