odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

コナン・ドイル「シャーロック・ホームズの冒険」(角川文庫)-2

 前半6編を書いたところで、ホームズ短編のフォーマットができる。ホームズとワトソンの雑談-依頼者の相談(ホームズの推理で依頼人が驚く)-二人の相談-ホームズの調査-待ち伏せ、追跡、コンゲームの誘い-サスペンス-大団円。

青い紅玉 The Adventure of the Blue Carbuncle ・・・ クリスマスの朝、町で喧嘩を仲裁しようとしたら、ガチョウと山高帽を残して、二人は消えてしまった。落とし主に返したいが、ガチョウが痛んできたので新しいものを別に用意して食ってしまおうということになった。そのガチョウの腹から、宝石がでてきた。ホームズはガチョウの出所を追跡調査する。まるで50年後のハードボイルドのような探偵譚。調査で出会うのは下層階級。しかし事件は上流階級でおきたというところも、ハードボイルドの定石を先取り。

まだらの紐 The Adventure of the Speckled Band ・・・ 母が死んでから義父が豹変した。二年前に結婚式を挙げる直前、姉が「まだらのひも」と言い残して不審死を遂げた。義父のDVはひどくなり、姉の寝室を使えという命令が恐ろしいと妹は訴えた。義父は後をつけていて、ホームズらに手出しするなと警告(脅迫)する。いそいで不審死のあった部屋をみると、鳴らない呼び鈴、隣室につながる通風孔、ミルクの皿、先が輪になった犬用の鞭がある。犯人は知れているので、問題はいかに実行するかにある。解決にはそりゃありえねえという突っ込みがあるが、19世紀のゴシック・ロマンスなので多少の不合理には目をつぶろう。たとえば黒岩涙香「怪の物」などがあるくらいだから。ここでも家族内の不和や秘密は家の外には漏れないで、内部で噴出するというフロイト的な問題を見出せる。あの高名な「密室」「トリック」も、不能者の妄想するセックスのメタファーになっているとみることができる。

牧師の親指 The Adventure of the Engineer's Thumb ・・・ ワトソン博士の診察所に運び込まれたのは親指を切断された技師。彼が言うには、深夜に水力圧搾機を知らべてほしいというもの。およそ12マイルも走った末にあった一軒屋で、説明通りの目的で圧搾機は使われていないことがわかる。疑惑が露見して、殺されそうになった。若い世間知らずの技師の冒険。探偵小説的趣向は悪漢の隠れ家はどこにあるかということだけ。この時代、街灯は薄暗く、家から漏れる灯もなくて、深夜は真っ暗闇だった。

花嫁失踪事件 The Adventure of the Noble Bachelor ・・・ 貧乏貴族が鉱山をあてて大富豪になったアメリカ娘と結婚することになった。結婚式のあとの披露宴に貴族が昔遊んだ踊り子がクレームを付けに来る。花嫁はブーケを受け取った後、消えてしまった。どこにいったのか。アメリカの意味がここで変わり、鉱山資源の開発と鉄道敷設で大儲けする成金が登場する。一方、イギリス貴族は土地の上りだけでは暮らしていくのが困難。政治的な変化や革命がなくとも、経済発展が階級の変化を生む。このようなアメリカは30年後に、チェスタトンが「ブラウン神父の不信」でも発見。そのときには、アメリカはこの娘のような自然児ではなく、教養を摘んだ二代目になっていた。

緑柱石の宝冠 The Adventure of the Beryl Coronet ・・・ 銀行家がさるやんごとなき方の依頼で5万ポンドを貸した。担保は国宝級の宝石。金庫に預けるのは危険と思って、自宅に持ち帰る(おいおい)。家には息子を溺愛する妻に、ダメ息子、しっかしものの娘がいる。深夜、目を覚ますと息子が宝石を持ち出していた。現行犯であるはずなのに、息子は否認する・ホームズをそれを支持。いったいなにが。

椈屋敷 The Adventure of The Copper Beeches ・・・ 独身で教養があるが金のない若い女性が高額の報酬でアルバイトをすることになった。長い髪を切り、指定された服をきて、決して外を見てはならないというのだ。その家の庭には猛犬が夜間に放されていて、開かずの間がある。不安な気持ちの女性はホームズに相談した。恰幅の良い中年男性、物静かで怯えたような妻、姿の見えない美しい娘。女性が体験したのは、イギリス郊外のジェントリーで行われた「青ひげ公の城」の物語。


 「緑柱石の宝冠」事件で、ホームズは「私の昔からの公理ですが、ありえないものを取り除けば、何が残ろうとも、いかに信じ難いものであっても、それが真実に違いないということです」と主張する。「真相」に到達するには、消去法が有効というわけだ。この考えは探偵小説のように、事象を成立する条件が限定されているときは有効。家の中のものだけが犯行ができるという条件があれば、家族他の住民で消去法を使えばよいからね(クイーン「フランス白粉の謎」が見事な消去法だった)。
 でも、条件を限定するのが難しい時に、消去法は有効ではない。ときに危険。すなわち、なにか説明できない事象があったときに、「宇宙人」「UFO」「幽霊」「人間の言葉を理解できる水」のようなありえない説明だけが残っていると思い込むことがあるからこういうありえない説明に飛びつくのは、他の説明に対する無知や無理解、事象の調査不足などがある。ときには「説明できない」ことにしておくという勇気も必要。
 あと、「赤毛連盟」「技師の親指」「椈屋敷」のように、世間の相場を越えた奇妙なアルバイトには注意しなさいというメッセージが含まれているか。