odd_hatchの読書ノート

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フィリップ・K・ディック「地図にない町」(ハヤカワ文庫)

 フィリップ・キンドレッド・ディック(PKD)は1927年生まれ。職業を転々と変えながら(ときにレコード店員も。なので作品中にレコードや音楽の話がよく登場する)、短編を書いていた。デビュー作は1952年の「輪廻の豚」 Beyond Lies the Wub。以後1959年までおびただしい短編を書き、その後は長編を主に書く。存命中はあまり評価されなかったので、アメリカでも短編集は出ていない。長編「ヴァリス」の衝撃、映画「ブレードランナー」で再評価されて、没後短編集が出版された。ただあまりに数が多いので、全集にはならなかったと記憶(1980年代の話。21世紀には手紙まで出ているらしいから、全短編集もあるのでは。ただしアメリカのこと)。
 PKDの短編はSFマガジンなどで紹介されていたが(仁賀克維が熱心に翻訳したこともあって)、短編集はなかなかでなかった。この「地図にない町」は1976年にでた本邦初の短編集。編訳者が独自に編んだので、内容が一致する短編集はアメリカにはない(この国のPKDの短編集はサンリオSF文庫、のちにハヤカワ文庫ででた4冊以外はすべて独自編集。ハヤカワ文庫はPKDの短編集を再編集して6分冊にし、巻ごとの収録作を変えた。)。
 このエントリーのあとPKDの短編集のレビューが続くが、日本版の出版順とした。長編の並びとは意図が異なります。


「おもちゃの戦争」 The Little Movement ・・・ 路上のおもちゃ売りから買ってきた金属人形が子供に「俺がご主人様だ」と命令する。飛行機(のおもちゃ)は戦況が思わしくないことを伝え、計画を進めることを要請する。なぜ人形が侵略するのか、なぜ複数の戦争が進行しているのか、一切説明がないのが不気味。もちろん人形が意志を持っているのも不気味。
「薄明の朝食」 Breakfast at Twilight ・・・ 朝目覚めると、周囲はもやに包まれている。突然、完全武装の兵士がやってきて、家の中の食糧を強奪し、夫を銃で殴りつけた。ときは7年後、世界の全面戦争。50年代のSFは21世紀のリアルになった。7年後に世界戦争がはじまり、男は兵士に、女は兵器工場に、子供は養育センターに集められ、家族は解体させられることがわかったとき、私は、君は何を今するか。
レダと白鳥」 Out in the Garden ・・・ 長い間子供を授からなかった夫婦。子供が授かったが、友人がイエーツの詩を引用したとき、妻は激怒した。妻がアヒルと仲が良いことを揶揄したと思って。それから5年後、息子が父を「パーティ」に招待する。
「森の中の笛吹き」 Piper in the Woods ・・・ アステロイドY3の駐屯地で、任務放棄した兵士や技官が続出した。「パイパーが命じた」という証言を聞いて、医師が問題の森の中に入っていった。「自然に還れ」の現代版。
「輪廻の豚」 Beyond Lies the Wub ・・・ 帰還する貨物船で食糧が不足したとき、船員が現地民から豚Wubを買った。食おうということになったが、Wubはしゃべり、高度な知能を見せた。船長は食肉にしようという。作者のデビュー作。
「超能力者」 Psi-Man ・・・ 世界核戦争のあと。超能力者は地下の<階層>をでて自活。最初で最後の時間跳躍者が戦争回避の説得を試みる。しかし超能力者のメンバー間で亀裂が入り、<階層>の人間は地上に残るものを管理しようとする。複数のテーマが圧縮された一編。
「名曲永久保存法」 The Preserving Machine ・・・ ラビリンス博士シリーズ。名曲を不変にするために生き物に変換する装置をつくった。奇妙な生き物ばかりができた。森に放ち、一年ぶりに森の中に入る。自然馴化による異様なものへの変貌。なんともへんてこなイマジネーションだこと!
「万物賦活法」 The Short Happy Life of the Brown Oxford ・・・ ラビリンス博士シリーズ。今度は無生物を生き物にする装置を発明。古靴をいれたら動き出したが、朝起きたら消えていた。絶対にうまく働かない機械をつくるマッド・サイエンティスト。無生物と生物の融合。漂う無力感と諦念。
「クッキーばあさん」 The Cookie Lady ・・・ ばあさんがクッキーをくれるので、少年は通い、本を読む。ひどく疲れて帰るのだが、ばあさんははつらつとしてくる。吸血鬼とか肉体賦活だとかの説明がない。でもそれが恐怖に転化。
「あてのない船」 The Builder ・・・ エルウッドは何かにとりつかれたように材木の船をつくり続ける。妻も、隣人もその情熱を理解できない。エルウッドもなぜ作っているのか説明できない。わかったのは「黒い大粒の雨」が降ってきたとき。
「ありえざる星」 The Impossible Planet ・・・ 350歳のばあさんが全財産を出して宇宙船を貸し切ろうとする。目的地は地球。しかしそれは伝説上の存在でしかない。そこで、船長は地球の条件に合う手近な星に行くことにした。そこは不毛と荒涼の星。
「地図にない町」 The Commuter ・・・ 駅の改札に実在しない町への切符を買いに来る客がいた。説明の途中で客は消えてしまう。調べると7年前に住民投票で開発計画が中止になった街。改札係が電車にのっていると、霧のさきにその町があった。


 PKDが旺盛に短編を書いていた1950年代はアメリカSFの黄金時代(短編・長編とも)。短編にフォーカスすれば、各務三郎編「世界ショートショート傑作選 1・2」(講談社文庫)のショートショートに典型的なように奔放なアイデアで書かれた小説がたくさんでた。書き手にも、ブラッドベリ、ブラウン、シェクリィのような今でも読まれる名手がたくさんいた。ディックもその一人に数えられるのだが、1980年代半ば以前は知る人の少ない作家だった。サンリオSF文庫が大量に翻訳を出す前は(この国のPKDブームはこの文庫のおかげでもある)、「太陽パズル」「宇宙の眼」「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」「逆回りの世界」「高い城の男」「ユービック」とこの短編集くらいしかなかった(それも品切れが多くて入手難)。それが1990年代には約40冊の長編(全体の8割くらい)と約10冊の短編集がでるまでになり、雑誌でなんども特集が組まれた。
 PKDのユニークなところはすでにさんざん指摘済。自分が書いても屋上架をかけるだけ。それでも自分のメモ用に気付いたことを。
 この短編集では核戦争に注目。この時代、水爆が開発されて、ほぼ同時のソ連でも爆発実験に成功し、核戦争のイメージが大量に流れた。あわせてソ連(というか共産主義)の恐怖が喧伝されて、スパイが暗躍しており、隣人がそうかもしれないという噂も流れていた。そのうえ反米活動委員会なるものが警察権力と一緒に思想犯(と思えるもの)を摘発していて、いつだれが逮捕されるかわからない(逮捕されると社会的に抹殺される)という恐れもあった。ポピュリズムが過激になると、大衆そのものが信頼されなくなって、監視・矯正の対象になるわけだ。そのうえ、反米活動委員会やFBIのような権力の働きもだれが責任者か、だれの指示で動いているのかわからない。当然、核戦争も責任所在があいまいなまま開戦され、戦時体制に生活が組み込まれるだろうと予想された。
 というような社会の状況がPKDによって拡大・誇張されて、SF的想像力といっしょになって描かれる。「薄明の朝食」に典型的なように、責任所在が不明で指示がどこから来るのかわからないのに、暴力が生活の中にはいってきて、個人や地縁共同体は対処できない。これは1950年代のアメリカでは現実の少し(かなり)先を描いたもので、この国でPKDのブームがあった1980年代にはSF的想像力の内にしかなかったのに、21世紀には地球上のどこでもリアルであるものになってしまった。武装兵士が家の扉を壊し、食料を強奪し、女子供を強制連行し、男を射殺するのは現に起きているできごと。
 核戦争およびアフター・ハルマゲドンを描いた作家はこの時期にたくさんいた。PKDの作品が他と違うのは、破滅が回避されるような希望をなかなかもてないところ、破滅がどこか遠いところからやってきて(遠いところで決められていて)個人や家族は抵抗・逃亡・順応などの選択の余地がないところ、破滅を回避できたとしても世界は復興できないという無力感がただよっているところ、世界の行く末よりも個人の感情が優先されるところ(行動の選択肢がないからそうなる)など。他の作家のような陽性な明るさ、未来の希望、個人の尊重などがみられない。そしてPKDはあとになると、核戦争はきえるが、世界が理由なしに滅びていくというイメージが残り、そこで悪戦苦闘する人間を描くことになる。