1977年初出の、著者の実質的第一長編。
フランス留学から帰ってきた研究生が、指導教授の紹介で別荘地にある大邸宅でフランス語の家庭教師をすることになる。そこに住むのは20代後半と30代前半の姉妹と運転手、家政婦のみ。最近飛行機事故で亡くなった美術商の父の遺産で食べているという。姉妹の言葉の端々から、もう一人誰かがいるとわかり、研究生は敷地内の地下室に、20代前半の妹が監禁されているのを知る。彼女に一目ぼれした研究生は、姉妹の眼を盗んで、末妹を脱出させるが、次女を殺して失踪してしまった。このとき両足を骨折した研究生はそのまま監禁される。
研究生のフィアンセは音信不通になった研究生を探しているうちに、上西という上品な紳士と遠藤という武骨な警部にであう。研究生が家庭教師に行った先の家は、美術商とはいいながら、どうやら欧州の麻薬を密輸しているグループの元締めらしい。そこで、フィアンセは麻薬を精製・販売しているらしい精神病患者向けのサナトリウムに潜入捜査することになる。助けのこれない状況でのいくつかの冒険。
さて、失踪した末妹は、天性のサイコパス。トラック運転手、弁護士、教師兼作曲家、外科医を次々と殺す。凶器は、監禁されていた邸宅から持ち出したらしい珍しいナイフ。それは全部で6本。あと2本残っていて、事件が予想されるが、足取りはまったくわからない。
研究生とフィアンセは結婚することになり、上西や遠藤も招待される。どうにも胸騒ぎがするというので、警官を配備したところに、末妹が変装して侵入していた。
冒頭は、若い女性がトラック運転手を殺害するというショッキングなシーン(全裸で雨に打たれるという男のエロチカイメージ付)。そのあと、話は転々とする。周囲に隣人のいない閉ざされた邸宅に住むふしぎな姉妹とそれを訪問した若い男、そこでおこるゴシック・ロマンス的怪事件。一転して、都会の無差別殺人と警察の捜査。ばらばらの登場人物が物語の半ばに来て、集合してチームを組み、失踪した研究生の捜索と、閉ざされた精神病棟への潜入捜査があり(ここで「ドグラ・マグラ」とか「暗闇のスキャナー」などを思い出した)。大団円の結婚式でもう一回冒険(そういえば著者の他の小説では、結婚式は事件の起こる特別なイベントだな)。古い探偵小説を読んでいるものにはとらえどころのない物語に困惑するものの(本筋はどれ?)、ただ若い男女が生命の危機に陥る(それでいて、点描される数名の殺人事件の被害者には冷淡でいられる)というサスペンスがページを繰る手を停めない。ああ、なるほど現代のジェットコースターノヴェルはこういうもんだ、とらえどころのなさはこういう関係を持っていたのか、と安堵したところで、最後のエピローグでそれまでの地と図が大反転。ああ、しまった、さらっと読み流したところはなんとここに絡んでいたのかという反省と、上手くだまされたという快楽が生まれる。このお手並みはすごいです。ほかのライトミステリーで著者を軽く見ていましたが、この作品には恐れ入りました。解説ではフランスミステリーの味わいを感じると述べていて、タイトルのよく似た有名作と同じ趣向をこらしているとのこと(このブログで紹介済の作品)。なるほど、それを述べるわけにはいかないが、これはその趣向を上手く実現した成功例。
編集者から400カ所以上のチェックが入ったと、作家はいっている。その点では編集者の功績も大です。のちのライトミステリーのように書き飛ばした薄っぺらな文章ではなく、十分に書きこんだ目の積んだ文体を持っているのもよい。この方向で行けば、と惜しんでしまった(そのかわり高額納税者になるようなヒット作は持たなかっただろうが)。
作者はクラシック音楽好きを自認。なので、作中各所でコンサートの模様が描かれる。同じ趣味を持つ自分にはこの点でも好印象。