odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

斎藤文彦「レジェンド100―アメリカン・プロレス伝説の男たち」(ベースボールマガジン社)

 もとは2006年に出版されたものだが、今回は2018年にウェブで連載された版で読んだ(いろいろと加工して、PDFを作成しタブレットに表示させる)。およそ12年たっているので、その後の経歴や消息などをアップデートし、過去の資料の発見などを補足してある。
 WWEが21世紀に上場するにあたって、プロレスをスポーツ・エンターテインメントと定義しなおしたように、プロレスは記録(ルー・テーズの936連勝というのはまゆつばらしいとか)より記憶の方が大事。そうすると、レスラーの名前からすぐさまにたたずまいや名試合(年と場所と対戦相手など)を想起することになる。幸いなことに、21世紀のネットは過去の映像を大量に共有することができ、ソフト化されていない試合や、見ることのできなかった半世紀以上前の過去の試合などを見ることができる。満足できる画質でなくても、動くレスラーを目撃できるという至福。
 という具合に、プロレス者(それもレトロを好むもの、1984年のWWE全米侵攻以前)にはとてもうれしい「本」なのだ。これはスコット・M・ビークマン「リングサイド」(早川書房)斎藤文彦「フミ・サイトーのアメリカン・プロレス講座 決定版WWEヒストリー 1963-200」(電波社)を参照しながら読むべき。すなわち、ルー・テーズ(本書に登場する唯一の戦前から活躍するレスラー)から始まる100人(一部タッグ・チームもあるので延べ人数は100人を超える)の経歴からは、アメリカのプロレスの歴史を再構成するのはなかなか難しい。なので、ある時代とテリトリーを鳥瞰できる視点のテキストが必要になるから。たとえば、1980年代前半にフリッツ・フォン・エリックがテキサスに大きなプロダクションを作った。そこには、ケビン、デビット、ケリーの三兄弟にブルーザー・ブロディが加勢して(こちらがベビーフェイス)、テリー・ゴーディらのフェビラス・フリーバーズやキラー・カン(こちらがヒール)と抗争していたということは本書の各人の項からはなかなか思い浮かべることができない。
 「アメリカン・プロレス講座 決定版WWEヒストリー 1963-2000」はWWEによるプロレスの独占化という視点で書かれているので、アメリカのインディやそれ以外の国のプロレスは出てこない。そうすると、本書にあるゴーディエンゴ、ブロディ、サブゥ、ジェフ・ジャレットというレスラーの項目で補完することになる。アメリカにはWWEではないプロレスがあり、かつてはカナダ、ハワイ、イギリス、ドイツ、オーストラリア、南アフリカなどで、その土地のプロダクションがプロレス興行を行っていて、それなりに人気を博していた(儲かっていた)という事情がわかる。
 タイトルにアメリカン・プロレスとあるので、日本人レスラー、日系レスラーがあまり登場しない。ヒロ・マツダマサ斎藤、カブキ、ムタの4人だけ登場。個人的にはグレート東郷に言及が欲しかったが、活躍期間が短いのと、日本のプロレス史で詳述されるからいいのか(森達也「悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」」(岩波新書)
 逆に本書で重要なのは、日本をメインテリトリーにしたレスラー、日本遠征後に出世したレスラーの存在。前者はデストロイヤー、ブッチャー、シン、ハンセン、ベイダーだし、後者はケン・シャムロック、ビガロ、クリス・ベンワークリス・ジェリコ、ヨコヅナ(力士・小錦のアドバイスで力士レスラーに変身した)。アメリカのプロレスと日本のプロレスは行き来が盛んだったうえ、それぞれのはやりの時期がずれていたので、レスラーは流行りの場所に適応して成功することもできた。プロダクション同士の関係も深く、日本のプロダクションの経験からアメリカで出世の機会をつかむものもいた(アンドレ・ザ・ジャイアントなど)。プロレスでどのポジションに居場所を据えるかの選択で、人生が劇的に変わる事例がたくさんでてくる。
 2006年の記述に2018年の最新事情を加えたことで、この名鑑では死者が増えた。それこそレジェンドの半数以上が鬼籍に入られているのではないか。残念なのは、1980-90年代のレスラーがステロイドや鎮痛剤などのドラッグの影響で若くして亡くなられていること。これは彼らの活躍時期を知っているものには悲しい。それより前の世代になると家族との関係をうまく持てずに様々なものを失っているレスラーがいる。プロレスとつきあうというのは、このようなレスラーの死にもつきあうことだ。しんどいことではあるが、レスラーの死がレスラーの戦いやパフォーマンスの評価を確定することにもなる。さまざまな幸福と不幸、成功と不運の物語に、心が揺れ動く。
 自分がプロレスのファンであることから、感想ではなく、記憶を文章にすることになってしまったな。これから読む人のことを考慮していない身勝手な内容になってしまった。プロレスを書くのは難しい。