odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

池内了「疑似科学入門」(岩波新書)

 著者は疑似科学を3種に分類する
1種: 占い(血液型性格占い、占星術など)、超能力・超科学、擬似宗教。
<参考エントリー>
渡邊芳之 「「モード」性格論」(紀伊国屋書店)-2 なぜ心理学者は血液型性格診断を信じないか。

2種: 科学を装いながら科学でないもの。
 a) 科学的法則などに反する(永久機関水からの伝言など)、
 b) 科学的根拠なし(マイナスイオン、ある種の健康食品など)、
 c) 確率や統計の誤用
3種: 科学と疑似科学のグレーゾーン。
 これらを信じること・進めることは、個人にとっては生活や人生の破壊になり、公共の安全を脅かし、人間の考える力を失わせる(それによって科学の不信が定着し、政治の保守化・カルト化が進む)。このところの事例では、自治体やNPOなどの公共サービスに疑似科学が浸透してきていて(EM菌、反ワクチンなど)、公共のリソースを無駄に使い、サービスの質を落とすことも起きている。

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科学の時代の非合理主義 ・・・ 1種の疑似科学をなぜ人は信じるかを、心理学の用語を使って説明。命名・思い込み効果、確証バイアスなど。
疑似科学の特徴は、(主張があいまいなので)反証不可能、説明責任の転嫁、個別事例の拡大適用など。)


科学の悪用・乱用 ・・・ aやbのタイプの疑似科学は別書(たとえばと学会本など)参照。確率や統計の誤用、因果関係と相関関係の違い、プラシーボ効果について。1種や2種の疑似科学はビジネスと結びつくことが多い。
(統計の誤用はいまや(2018年)政権が行うようになった。GDPの算出基準を最近から変えて経済成長があるようにみせかけたとか。)

www.nikkei.com


疑似科学はなぜはびこるか ・・・ 科学の不信、自己流科学、ポストモダニズムで説明。
(指摘のなかで重要と思ったのは、観客民主主義、「お任せ」意識、善や徳の意識の薄れ、公共概念の薄れ、人格形成の軽視。リベラリズムリバタリアニズムの原理から生じた事態と思える。その他の説明は資料不足で、掘り下げ不十分。)


科学が不得手とする問題 ・・・ 科学の要素還元主義は得意な分野があるが、複雑系にはまだまだ。例は、地球温暖化地震予知。事象に関係する要素が多すぎると、コンピュータを使っても追い付けない。でも、そこに付け込んだ科学の誤用・誤解・悪用などがある。たいていは「主張には根拠なし」「どっちとも言えない」という思考停止。そこで個人や人類の危機に関係する問題には「予防措置原則」をとることを提案する。


疑似科学の処方箋 ・・・ 疑似科学は廃れない、正しく疑う、疑似科学を教える、予防措置原則を実行する、科学者をみわける。

 

 初出の2008年は疑似科学ニセ科学とも)の話題がネットで盛んだった。水からの伝言、EM菌、ホメオパシー代替医療、ウォータービジネス、911陰謀論などが流行っていて、それに対抗する議論もあった。それから10年たつとあまり話題にでなくなった。
 これらの疑似科学やトンデモのおかしなところを科学的に追及する話題はほとんど出てこない。それはマーティン・ガードナー「奇妙な論理」(現代教養文庫)サイモン・シン「代替医療解剖」(新潮文庫)などで。
 ここで気になるのは、後ろの章の歯切れの悪さ。処方箋を提起しているが、その内実に乏しいところ。疑似科学のおかしさ、科学の考え方を教えるのは必要ではあっても、それだけでは疑似科学を放棄するまでにはいたらない。さらに、自己決定の優位を主張されたときに、価値や幸福の多様性をもちだされたときに、有効に反論できない。リベラリズムの原理をそのままビリーバー・信者やビジネスの側が持ち出すのだ(ビジネスの疑似科学には科学の反論よりも薬事法や景表法などの法令違反の告発の方が有効であったりする)。そうすると、科学やリベラリズムの価値中立や自己決定の優位に代わる論理や原理を立てる必要があるだろう。上の「予防措置原則」でも、なぜ予防することが必要かを説明する際に、リベラルの原理では説得的でなく、未来の子供や環境などに価値を置く立場が立たないと。ホメオパシーや反ワクチンなどで死者が出ているとき、自己決定を主張する信者・ビリーバーに対して、自己統治やコミュニティの共通善などで対抗する必要があるでしょう。
 ニセ科学批判がネットやオフラインで消費され、外側に広がらないのは、ニセ科学批判の立場がリベラリズムポストモダニズム(本書では批判されている)にあって、科学の価値中立や科学の社会構成主義などに依拠しているからと思えた。これだと問題の現場に入れないのだよな。
疑似科学の多くはビジネスになっていて、誤情報の発信や拡散に金をかけている。疑似科学を批判すると『営業妨害』とかの屁理屈で恫喝や訴訟を行う。これらによって批判する側がコストを払わなくなっている。ここはめんどうくさい。)
 こういう疑似科学ニセ科学の蔓延を危惧したり憂慮したりする人(ことに科学者)がいて、たいていは国民のリテラシーを上げようと主張するのだが、それだけでなく、直接疑似科学ニセ科学と対峙しろよ。その問題を啓発する記事を書け、SNSで発信しろ。遠くから眺めて苦虫をつぶしていたり、と学会のように冷笑したりするのは格好悪い。拡散しない。社会の公正や正義に市民として参加していない。土俵に上がって悪や不正と対峙しろ。怠けるな。