odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「遥か、南へ」(文春文庫)-2

 2019/02/21 ロバート・マキャモン「遥か、南へ」(文春文庫)-1 1992年の続き。 

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 時代は1991年。この国の経済がまだ好調だった余韻があり、逆にアメリカでは不況の最中。国内メーカーの工場が相次いで閉鎖され、大量馘首。そのため、多くの失業者は日払いの仕事にありつこうとし、銀行は債権の回収に乗り出し新規融資を断っていた。そのような光景は、この国でもみられるようになり、冒頭の数章は読むのが辛い。
 主要登場人物は4人。
・ダン・ランバートベトナム戦争に従軍し、銀色の雨枯葉剤)を浴びた。帰国後、大工の仕事をし、結婚して離婚。現在は一人暮らし。子供は自閉症のような症状を持ち、自身は白血病で余命3年と宣告されている。上記の経済状況のために、失業し定職に半年以上ついていない。ピックアップトラックの支払いが2カ月遅れていて、銀行の新規担当者から至急支払いを、さもないとピックアップを回収すると通告される。南部の田舎で車がないことは仕事に行けないことだから、すなわち餓死を意味する。そのために、銀行で大暴れをし、暴発した銃弾が担当者を殺すことになった。そして逃亡の旅へ。
・アーデン・ハリデイはダンの逃亡中の軽食スナックで旅を共にすることになった若い女性。付き合っていたバンドのベーシストだったかドラマーだったかにてひどいDVを受けている。顔に紫色のあざ(これは先天性の遺伝病)があり、自暴自棄なティーンエイジとして暮していた。彼女は「ブライト・ガール」と呼ばれる民間治療者を探している。行くところがないので、「南に行く」というダンの車に同乗してもらった。
 状況が変わるのは、銀行がダンに懸賞金をだしたところから。モーテルの夫婦が気づき、銃で脅されるし、バウンティハンターが彼の後を追う。車は破壊され、人の車を奪い、ボートに乗って、南部からさらに海沿いの湿地帯にまで逃げ込むことになる。ナマズとカエルとワニのうじゃうじゃいるようなところでも、石油が出るし、海の先には外国があることから多くの人が暑さと湿気にうだり、生活に飽きながらも暮らしている。それまで人々の悪意や蔑視にさらされていた彼らの逃げ込む先はこのようなところ。アメリカ南部の「地獄」とでもいえるのかな。
 そこにおいて転機が訪れるわけだ。それまでダンは自暴自棄であった。余命が短いことから生き急いでいたのかも。ベトナム体験が彼をひどく痛めつけていて、そこから逃れたいと思っているのは「ミミズ小隊」の再現だな。変化はまずアーデンのけなげさから生じる。でも、決定的なのは1)自分を追いかけ時に銃を突きつけるバウンティハンターに対する同情が生まれたこと、2)ベトナム戦争の帰還兵と会ったこと、3)無償の善意に遭遇したこと(最初の牧師、アーデンと旅を同行するよう勧めるカフェのママなど)。これらの生と死の匂い、というか限界状況に直面したとき。すでに白血病にむしばまれている身体は、不十分な装備でアタックをかけるのは無謀なことであるが、しかしやらずにはいられない。その決意は短編「夜はグリーンファルコンを呼ぶ」の再現だな。やつれた身体と汚れた装束は見てくれは悪いが、心意気はかっこいいぜ。この転機と決意からあとの100ページのアタック・アンド・エスケープは手に汗握って読むしかない。
 さてアーデンについてであるが、彼女の求める「ブライト・ガール」はそのままでは存在しないことがわかる。でも、「ブライト・ガール」は存在する。最終章において「ブライト・ガール」が彼女に述べる啓示は美しいものだ。なるほどこれは「青い鳥」の再話であるかもしれないが、異なるのは「ブライド・ガール」と会うためには、自分の勇気を振り絞り、自分と直面することを恐れないことだ。その怖さ(死の恐怖と他者からの無視)を克服することでしか、「ブライト・ガール」は彼女のものにならない。
 これは作家が「スワン・ソング」に書いたメッセージ「人々に幸福をもたらす奇蹟は存在する」を乗り越えている。我々が「奇蹟」を望み、神や他者によって苦痛や危機を回避したとしても、それで得られるのは望ましい人生ではない。そのようなおとぎ話を生きているのではないのだから。ダンもアーデンも自分のスティグマ白血病、顔の痣、失われた家族など)は消えない。元に戻る、ないし望ましいあり方を獲得することはない。しかし、最後のページに書かれた彼らの変化は美しいし、われわれ読者も実行できること。作家は、自己に直面し、自己を変革することで、人生の苦痛や危機を克服せよと述べ、それこそが現代の「癒し」に他ならない。くだらない意味に堕している「癒し」はこのような場所でしか、本来の意味を持たない。 

  

2019/02/18 ロバート・マキャモン「遥か、南へ」(文春文庫)-3 1992年に続く