odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロバート・マキャモン「少年時代 上」(文芸春秋社)

 コーリー・マッキンソン、12歳。1964年の世界は美しく発見に満ちている。アメリカ南部の田舎町ゼファーで、感受性が強く、想像力を使うすべを知っている男の子が、激動の、しかしありふれた一年を回想する。

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第1部 春の薄闇 ・・・ 早朝、牛乳配達の最中に自動車事故に遭遇。ハンドルを手錠でつながれ射殺された男が乗っている車は湖に沈む。佇む黒い帽子の男。父はそのシャドウに怯える。土曜の午後、「惑星アドベンチャー スペースモンスター襲来(Invaders from Mars)に深く影響された子供たち。隕石が落ちてくるのを追いかける大人が「侵略」されたかのように変貌して(自家製ウィスキー飲みすぎ)、家に襲来する。イースター。黒人たちが町の川で行う異教の儀式。今年の儀式の結果はよくない。教会の中でスズメバチの大群に襲われる。雨が降り、自転車が「死ぬ」。クズ屋の持って行ったのを取り返そうとし、すでにスクラップにされているのを知る。河の主オールド・モーゼズ(黒人たちの畏敬する神)の牙。大雨になり、堤防が決壊。町中の人が黒人部落を守るために作業する(その前に、差別意識の表出する大議論)。自動車事故の現場にいた黒い帽子の男を見る。暗闇の家の中で、オールド・モーゼズに遭遇。箒で撃退。黒人の子供を救ったこと(と河の主を撃退したこと)で黒人部落のメンターであるザ・レディの招待をうける。老婆の語る「私」への予言。町を覆う不吉な影の知らせ。
(ザ・レディは魔術を使う。それは「鍵をあたえるだけでいいの。そうすれば誰でも自分でちゃんと錠をあけられる」というもの。)
第2部 悪魔と天使の夏 ・・・ 最後の学期が終わり、夏が始まる。子供たちの翼が広がり、宙空を飛ぶ。OK牧場の決闘を見た(この年の約90年前)という老人の思い出を聞き、ザ・レディからプレゼントされた自転車に「ロケット」の名をつけ、引っ越してきたばかりの9歳の子に野球(投手)の天才を発見する。ビーチ・ボーイズの「I Get Around/アイ・ゲット・アラウンド」に心奪われ、ブランリン兄弟のいじめにあう。KKKによるザ・レディへのいじめ、差別が始まる。粗野な祖父ジェイバードの反面教師ぶり。担任教師セルマの最後の挨拶と死。夢の中でコーリーに物語を紡ぎなさいと励ます。12歳の男たちだけのキャンプにでかける。そこで町のならず者ブレイロック一家の取引現場をみる。彼らに追われ、飲まず食わずの一晩を過ごす。夢のような異性との出会い。最初の創作が町のコンクールで賞を取る。野球の天才の男の子との別れ。空に投げ上げたボールは落ちてこなかった。
(あとで気付いたが、アメリカの小学校の夏休みには宿題や自由研究などはでないのだね。かわりにサマーキャンプでしばらく実家を離れて一人暮らしを経験する。)

 

 コーリー12歳が抱えているのは3つの問題。ひとつは同世代との友情と孤独。仲の良い友人がいて、親の桎梏に縛られて不自由を余儀なくされている幼い子がいて、少し年上のいじめっ子の存在。これは自力で解決を迫られるものであり、いずれ直接対峙しなければならないだろう。そのうえで、物語を紡ぐことに関心を持つようになることで、友人らとは違う自分を発見し、彼らとの関係は変化し、ぎこちなくなるであろう。そのような自立が待っている(あと性と恋愛も)。
 もうひとつは家族内の問題。父は冒頭の事故(事件)との遭遇でPTSDを負っている。それはザ・レディのコーチングが解決するのであろうが、コーリーの助言だけでは変わらない。母はコーリーの自立を認めず、粗暴で粗野な祖父は反面教師として悪と不正を体現している。コーリーは若すぎるために、彼らへの介入は効果を示さない。そのうえ、自立しつつあるコーリーの自我はなかなか認められない。実際、コーリーは体格でも経験でも、ほとんどかれらにかなわない。でも、どうにかしないといけない。
 3つめは、コミュニティの抱える問題。この小さな町(しかも隣町には容易に行けない)で互いに互いを知っているような濃厚な知り合いの網目では、感情のもつれがすぐに形に現れる。ペンキ屋兼任の保安官は事故の調査にもいじめっ子にも、ならず者一家にも手が回らない。悪や不正は町に通奏低音のように流れている。さらには、黒人のゲットーがあり、レイシストが差別と憎悪を扇動し、暴力をあおる。
 こうやってコーリー12歳に起こることをまとめると、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」(岩波文庫)と同じであるのがわかる。この年齢の問題があるていど普遍性をもっていることであるだろう。本邦作には、最後のコミュニティの問題はほとんど現れない(生産関係における貧富の格差がマキャモンのものより強調されるくらい)。ことに人種差別は本邦作には出てこないので(あわせて マーク・トウェイン「トム・ソーヤーの冒険」にもほとんどでてこない)、しっかりと読んでおくべき。

   

 

2019/02/20 ロバート・マキャモン「少年時代 下」(文芸春秋社)-1 1991年
2019/02/19 ロバート・マキャモン「少年時代 下」(文芸春秋社)-2 1991年