odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「スティンガー 下」(扶桑社文庫) 攻撃的な異星人を撃退するのは公正と自由の精神を体現するアメリカ人。

2019/03/12 ロバート・マキャモン「スティンガー 上」(扶桑社文庫) 1988年の続き。

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 先に来た善良な異星人は、その歌を聴きとれる女児に「憑依」する。驚くべき速度で地球の言語や知識を習得し、女児を介してコミュニケーションをとる。みずからを「ダウフィン(女児が舌足らずのためドルフィンをこう発音してしまう)」と名乗り、地球からの脱出を試みる。
 あとから来た「スティンガー」は電子のグリッドで村ごとを囲い込む。太陽光を嫌うその「もの」は地中に穴を掘り、地下から人間を襲撃する。死体を体内に取り込むと、そのレプリカント(映画「ブレードランナー」での造語だが、初出時1988年にはもう普通名詞になっている)を作り、ダウフィンをおびき寄せる駒にする。金属と泥のようなゲルでできた体は人間など一撃で殺戮できるおそるべき力をもっている。
 スティンガーとそのレプリカントに襲われた人間は脱出することもかなわず、恐怖に追いやられる。まるで、アメリカ軍に襲撃されたベトナムの村人みたいな極限状況だ。危機において、人間の本性が現れる。その本性は正義(=公正)を求めるものだ、というのが著者の考えか。圧倒的な危機を前にして、同胞の死を直視し、いずれ自分が死ぬかもしれないという状況において、人は他者を目的にする行動をとるようになる。なるほどそれまでの経験や偏見を克服することは難しいかもしれないが、決定的なところで人は正義(=公正)のために行動するのである。
 人口1900人の村人から、著者は4つのグループを描く。ダウフィンが憑依した娘を奪還するための父と母(息子は別行動)と長年UFOと第一種接近遭遇を研究してきた陸軍士官のグループ。10代の白人の愚連隊グループと、同じ年代のメキシコ人グループ(後者のリーダーの妹に前者のリーダーが一目ぼれするというボーイ・ミーツ・ガールの話も同時進行)。前者のリーダーのアル中の父、戦争後遺症を病む老人、意気地のない保安官らが脇役ながら重要な役割を果たす。印象的なのは、危機の際のシェルターとして教会が機能する(白人向けのプロテスタントとヒスパニック向けのカソリックの両方がある)。牧師と神父は被災者のまとめ役になる。こういう支援と互助がすぐに始まるのも重要。
 一方で、悪にある人間は早いうちにスティンガーの餌食になり、レプリカントに姿を変えられる。そのために、生き延びた住民は悪と正義の区別が容易につける。ここはエンタメ小説のお約束(マキャモンの小説世界では悪は姿に現れ、改心しないという約束ごとがあるのだ)。
 スティンガーと人間及びダウフィンの戦いは、細かく描写される。いずれもどこかで見たことのある風景。著者によると、数十の映画が反映されているという。解説でいくつか謎解きをしているが、メジャーな映画ばかりであってとても数十にはおよばない。おそらく50-60年代のアメリB級映画の記憶が込められているのだろう。まあ、それらを知らなくとも困らないので、説明や理屈抜きに楽しもう。地下のダンジョンに侵入する数名の臨時編成チームの活躍に手に汗握ろう。自分と同じようなページを閉じたくない体験を楽しもう。(冒頭にでてくる小さな描写にも注意を払っておきたい。町の創始者が800万ドルの紙幣を隠したのが見つからないとか、コディが巨大な耳飾りをしているとか。)
 さてもっとも感動的なのはここ。星間飛行のためにはダウフィンが憑依する肉体が必要。サージという戦争後遺症を持つ老人が志願したが、ものおじする。

「サージは力なくほほえんだ。『なんというか……ちょっと怖いな』/『わたしもです』ダウフィンはいった。『ともに勇敢になりましょう』」(下巻P430)

 他人に勇気を与えようとするとき、これ以上の言葉は見つからない。
 ダウフィンの公正と自由の精神は、インフェルノの街の人々を変える。小説全体では24時間しか経過していないが、冒頭の朝日とラストシーンの朝日がまるで異なって見えるだろう。当然、太陽は変わらないのであって、変わったのは人間だ。おなじように変わってほしいのは読者の側でもある。人種への偏見にあり、抗争状態にあった二つの若者グループがそれを克服できたように、正義(=公正)の実現に目覚めてほしい。

 

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