odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

ロバート・マキャモン「スティンガー 上」(扶桑社文庫) 停滞したアメリカに質が悪いコピーを作る攻撃的な異星人が侵略を仕掛けてきた。異星人は日本のメタファー。

 個人的な記憶から。マキャモンとの最初の遭遇になった小説。読み始めると、途中で止めることができなくなって、一気に読み切ってしまった。読み終えた後、同じ作者の本を探しに行き、「ミステリー・ウォーク」を入手。これも読み始めてから止めることができなくなり、眠るつもりでいたのに、明かりをつけて読み進めるという稀有な体験をした(同じ体験は「ミステリー・ウォーク」とアジェンデ「精霊たちの家」だけ)。このあと、作者の本が邦訳されるたびに即日入手することを繰り返した。いつまでたっても翻訳のでない「Swan Song」にいたっては業を煮やして英語版を入手し、半年かけてよむまでになった。

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 さて。
 20世紀初頭にテキサス州の山奥にはいった男は銅鉱山を発見する。人々が大挙して押し寄せ、一時は数千人の住民を抱えるまでにいたった。町の周囲は数十マイルに渡って砂漠があるのみ。周囲と隔絶された町から出られるのは、定期バスのみ。あとは自分の車だけ。
 長い繁栄も1980年初めで終わり。鉱山は枯渇し、閉鎖。人々は失業し、次々とインフェルノと皮肉な名を付けられた町を離れる。すでに人口は1900人にまで減少。ハイスクールは廃校になり、それを機に町は消滅するだろうと思われる。あいにく1980年代半ばのアメリカの不況はこのような失業者を吸収することができず、ホワイトカラーの白人ですら破滅の気分になっている。そうでない人たち、鉱山労働者やメキシコ人やヒスパニックの人たちはより厳しい。廃校になるハイスクールの生徒たちは人種ごとに愚連隊を組織して「縄張り」争いをしているが、彼らとて、未来には絶望している。すなわち、町に残り失業同然で暮らすか、町を出て失業者のある都市で仕事を求めるか、町のボスのコネで犯罪組織の一員になるか。いずれもぞっとしない未来しかない。町に残らざるを得ないのは、戦争後遺症を持つ老人、仕事のないアル中、かつての街のボス(創始者)の愛人であった娼館経営者、そういう過去にしがみつくものだけ。
 この閉塞状況は発表当時(1988年)のアメリカの縮図。日本車の輸入が増えて国産車が売れなくなり、デトロイトの自動車工場が縮小、閉鎖が相次いだ。ときに、工場労働者が日本車を叩き壊すパフォーマンスもあるデモをやっていたが、時勢は代えがたく、ブルカラーの仕事はどんどん縮小するのであった。そこで白人の憎悪が黒人・移民に向けられ、黒人・メキシコ人・アジア人への差別や暴力もあったのである。この狭い小さな町でも人種差別が起きている。
(とはいえ、1990年代にアメリカは産業構造を変え、日本がバブル崩壊期以降に不況と低成長に悩む間に、景気回復を実現したのであった。)
 そのような街にふたつの異人が侵入してくる。善良で公正な異星人と、彼?を追う攻撃的で差別的な異星人。後者はピラミッド状のスターシップに乗ってきて、町を電気のグリッドで覆い、人と物の出入りを遮断する。地下にまで張り巡らされた格子を破ることはできない。そして前者を狩り出すべく、出会った人間を殺戮し、そこをコピーしたモドキを作る。最初はコピーは稚拙ですぐに見分けられるのであるが、すぐに本物と寸分たがわない高性能な模擬体をつくりだすのである。コミュニケーションは不可能(わずかな時間で英語を習得するが、発せられるのは脅迫に侮蔑に差別に暴力肯定のみである。
 前者の異星人によって「スティンガー」と名付けられた怪物は、なるほど日本という国家や企業のメタファーのようだ(たしか「アッシャー家の弔鐘」の大瀧啓裕による解説)。外来のものを分析しコピーする。最初はできの悪いものしか作れないのが、時間がたつとオリジナルを凌駕する性能の機械をつくりだす(というように1980年代半ばまでの日本は思われていた)。大量生産された機械がアメリカを怒涛の勢いで流れ込み、アメリカの地場産業に壊滅的打撃を与える。自分をイルカか鯨に似ているとみなす前者の異星人を狩りだし、殺戮するというのも(このころ日本の捕鯨に反対する運動が開始される)。いずれもアメリカの経済力に追い付いた、しかし文化交流のうまくいかない「外国人@柄谷行人」であり、アメリカの産業と草の根民主主義を破壊するものであるから。
 そのような交通のできない異人は排除するしかない。しかし組織化されていない田舎町の人々は、それぞれの場所において抵抗を開始する。その様相は、独立戦争の記憶を再現するものであるだろう。
(この国に、交通@柄谷行人のできない異人がやってきたとき、市民が個々に抵抗して、ゲリラ活動をすることはない。それこそ、「ゴジラ」1954年にしろ、「日本沈没」1973年にしろ、「宇宙戦艦ヤマト」1974年にしろ、対処するのは国家やそれに準じる組織だ。市民や個人は疎開や移住を強制されるものであり、異人排除には立ちあがらない。それは最近の「シン・ゴジラ」2016年でも同様。エメリッヒ「ゴジラ」1998年、エドワーズ「ゴジラ」2014年では、まだ個人が怪獣や巨大不明生物と戦うシーンが出てきたというのに。)
 もう一つの見立ては、スティンガーがネオ・コンサヴァティブのグローバリズムのシンボルであり、ダウフィンがリベラルであること。スティンガーの目的は宇宙を自分らの覇権で支配すること。各地の知的生命を奴隷にし、収容所惑星化する。そのような恐怖と暴力の<帝国>をつくる。地球を資本主義で覆いつくすグローバリズムと同じだ(規模が大きいからユニバーサル化とでもいうべきか)。このインフェルノの街もまた、グローバル企業の侵略で収奪にあい捨てられた街だ。一方のダウフィンは水棲でゆるいコミューンを作っている平和な種族。リベラルで公正な社会。自由や権利は「歌」と表現される。この歌はスティンガーには毒になる。でもアメリカの田舎民には心地よい。グローバリズムとリベラルの宇宙的な闘争。どちらに加担するか、インフェルノの街と似たような街にする読者は選択を迫られる。

 

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2019/03/11 ロバート・マキャモン「スティンガー 下」(扶桑社文庫) 1988年に続く。