最初に個人的な思い出から。この小説を知ったのは、雑誌「ユリイカ」(1989年3月号)でブラム・ストーカー賞に受賞したことを紹介した大瀧啓裕の文章を読んだとき。書かれたあらすじを読んで興奮し、翻訳を待った。でも、いつまでたっても翻訳されない。その間に「ミステリー・ウォーク」「スティンガー」がでて、それを先に読んでしまう。でも、でない。とうとう原書を買って、半年かけて読みました。原書は950ページ(邦訳は上下二巻で1300ページ越え)もある。ほとんどレンガ。これをバッグに詰めて、毎日持ち運んだ。平易な英文で難しい語句がないので、高卒くらいの文法知識でどうにかなった。苦労したなあ。がんばったなあ。
米ソの関係は最悪に冷え込む。アフガニスタンで核攻撃が行われたのをきっかけに局地紛争は核戦争に移った。そしてソ連の圧力に、世界初の月面着陸を行った合衆国大統領(名無し)は、全面核攻撃を決断する。アメリカ各地のミサイル基地から、潜水艦から、空中給油で地表で降り立たない重爆撃機からいっせいに核ミサイルが発射される。当然、ソ連の報復することになり、アメリカ全土に核ミサイルが落下する。
1960年代の政治SFではラストシーンになるところが、本書の始まり(初出1987年)。イラン革命、ソ連のアフガニスタン侵攻でアメリカは中東の覇権を失いつつあり、レーガン大統領がNATO加盟国に核配備を計画したことなどで、1980年代前半には核戦争の勃発すのではないかと思われた。ヨーロッパ諸国や日本で反核運動が起きた。アメリカでは核戦争の被害とその後を調査するようなことも行われた( 米国技術評価局「米ソ核戦争が起こったら」(岩波現代選書))。幸い、ソ連の経済危機が融和政策をとらせることになり、核の危機は避けられる。
しかし、フィクションではいっせいに「アフター・ハルマゲドン」ものが生まれた。生き延びたそのあと、世界が破壊されつくしたそのあと、人間がどうなるかということに想像力がむいたのだ。映画やアニメ、マンガなどのサブカルにでてくる。「マッドマックス」「風の谷のナウシカ」「北斗の拳」など。本書はその流れの中でもっとも詳しく書いたものになる(と書いてから、1970年代のエコSFやフェミニズムSFが核戦争による「大崩壊後」の作品を大量に書いていたのを思い出した。1980年代にはむしろ陳腐なアイデアだったのかもしれない)。
もちろんフィクションの核戦争は、実際に経験した人たちからすると、あるいはその被害をよく知っている人たちからすると、過小評価であり、被害の実態を低く見積もっていると非難されるだろう。自分も、本書の描写にときに不十分さを感じる。それでも、本書はよくやったと思う。核爆発が巻き上げた粉塵などで日射がさえぎられ、長い「冬」になるというシミュレーションは1980年代前半に出たもので、その成果がさっそく取り入れられている。原爆の被害がほとんど伝えられていないなかで、放射線の被曝による症状をきちんと書いているのはめずらしい(F・ポール・ウィルソン「黒い風」(扶桑社文庫)もそこまでにはいたらない)。凡百のエンタメ小説がいいかげんな設定を使っているのと比べれば(と学会がだしたトンデモ小説案内にそんなのがのっている)、はるかに真面目に、しっかりと記述している。
(そのようなアフター・ハルマゲドンの物語がSFではなく、ホラーやアクションで語られるようになるのが時代の変化。)
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2019/03/19 ロバート・マキャモン「スワンソング 上」(福武書店)-2 1987年
2019/03/18 ロバート・マキャモン「スワンソング 上」(福武書店)-3 1987年
2019/03/15 ロバート・マキャモン「スワンソング 下」(福武書店)-1 1987年
2019/03/14 ロバート・マキャモン「スワンソング 下」(福武書店)-2 1987年