odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「アッシャー家の弔鐘 下」(扶桑社文庫)

2019/03/26 ロバート・マキャモン「アッシャー家の弔鐘 上」(扶桑社文庫) 1984年の続き

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 アッシャー家の次男リックスは売れないホラー作家。第3作を書いているが、編集者にもダメだしをだされるさんざんなでき。どうしても目の前にぶら下がる骸骨のイメージから離れられない。そこに、父ウォーレンの危篤の知らせが届く。リックスは大学時代(1960年代後半)反戦運動で逮捕され、家族からは離れて暮らしてきた。父が死ねば、兄弟(粗暴な兄とモデルの妹)のだれかが莫大な財産を受け継がなければならない。資産に興味はなかったが、家族の歴史を知ることには興味があった。父も、祖父の、その前もアッシャー家の当主になったものは、突然性格が変わり、いきなり人嫌いになり、粗暴になる。なぜか。長年アッシャー家に使えてきたエドウィンもそこまでは知らないらしい。奇妙なことに、父ウォーレンは一族の資料(手紙、日記、会計資料など)を集め、地下室に収蔵していた。リックスはひそかに入って、先祖の記録を読みだす。先祖の悪行や陰謀があきらかになっていく。同時に、父や兄への嫌悪も強まる。
 そうなるのは、リックスの自信喪失にあるわけで(父や兄の暴力に逆らえないとか、学生時代にスキャンダルを起こしたとか、妻サンドラの自殺現場を目撃して錯乱したとか)、家への帰還は彼自身を探求する旅に出ることにほかならない。このメンタルな旅は体を動かすことは重要ではなく(アッシャー病のために、過度な運動はできない)、テキストを読むことによる。そのとき重要な情報は、地下に蓄えられていて、それを掘り起こすことになる。くわえて、幼児の恐怖の記憶はロッジという奇妙な館(祖父がつくったもので、祖父の死ぬ日まで増改築が行われ、正確な図面はない。カリフォルニアのウィンチェスター・ハウスがモデル)に向かう。放置されて荒れ放題の館には、彼を誘惑し、嫌悪を思い出せる力がある。
 リックスは自分の危機から回復するために、自己自身を探る旅にでざるを得ない。この自己探求の旅は、 笠井潔「黄昏の館」(徳間文庫)1989年にそっくり。もちろんさらに古いものである ソポクレス「オイディプス王」(岩波文庫)を再話するものでもある。いずても自己自身が怪物であることを発見することになり、ここでもリックスは自分の忘れた過去に直面することになる。
 このような自己変容の旅をすることになるのは、山の少年ニュー(ニューラン・ダープ)。山の声に怯え、錯乱したあげく殺された父がいて、自分もいつかそうなるのではないかと恐れている。迷信にとらわれた母はたよりにならない。夕暮れ、弟がさらわれ、自身が茨に絡まって凍死するような危機に遭遇する。そのときに、少年の秘められた力が覚醒する。山の王となのる老人に救われ、自身の過去を知る。それによって少年は善の力を自覚する(とはいえ、メンターを失った少年は迷走せざるを得ない)。
 すべての謎はロッジにある。というわけで、リックスもニューもロッジに侵入する。そこにある意外な真相に、彼らは戦慄し、予想していなかった戦いに挑むことになる。地下室や洞穴の閉じられた空間での善と悪の対峙はマキャモンお得意のラストシーン(「奴らは乾いている」「スワン・ソング」「スティンガー」「狼の時」「マイン」で繰り返される)。ここの緊迫感は比類がないので、数十ページを存分に楽しもう。
(くわえて、探偵小説的な構成の見事さも褒めよう。リックスは古文書を読んで、そのときの情景を「ドリームウォーク@スワン・ソング」するのだが、脈絡なく現れるイメージや事件が、一つの構図に収まり、大きな意図が働いていることがわかる。アッシャー家の放縦な歴史もひとつの糸にでつながっているわけだ。この伏線とその回収もみごと。)
 この二人は自己変容を遂げる。のではあるが、彼らは自発的に選択したわけではない。いわば、土地の神霊などに導かれた受け身であり、変容を受け入れた後の生活や活動をどうするかはあいまいであり、決意も弱い。そこはこの小説の弱点。なので、次作で克服の試みがなされる。

 以前は「アッシャー家の弔鐘」をマキャモンの傑作にいれていたものだが、再読すると評価が落ちた。ゴシックホラーのすごみやイメージのふくらみは好みではあるのだが、善と悪の対立、受け身な主人公など、テーマが浅く薄っぺらにみえてしまって、満足できなかった。