odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-2「メルツェルの将棋差し」「ペスト王」「影」ほか

 いまさらながらだけど、ポオの生年は1809年。デビューは「メッツェンガーシュタイン」1832年。この全集第1巻には同年の作も多数収録されている。ということは、23歳で書いたのかい! なんという早熟。なんという博識。なんという幻視力。あまりの能力と多彩さに唖然としてしまう。

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影 1836.09 ・・・ 世界が衰えてきたとき、ギリシャ人オイノスは7人と酒宴を張っていたが、盛り上がらない。年若い死者ゾイラスの存在と視線が気になっていたから。そこに黒い影が忍び込む。問いに答える影のことば。夜や闇に忍び込む異人はポオのテーマ。「大烏」「赤死病の仮面」などをすぐに思い出す。あと古代ギリシャやローマへの憧憬も時代の風潮。

ペスト王 1835.09 ・・・ エドワード三世の時代というから14世紀。ペストの蔓延するロンドンの都で、居酒屋で飲み逃げをして二人組がある葬儀屋の酒宴になだれ込む。そこには様々な病気をもっている6人がいた。いったい何ごとかを尋ねると「ペスト王」の宮廷会議であるという。混合ラム酒を飲めという命令を断った二人組が葬儀屋で騒ぎを起こす。頭蓋骨の盃、大腿骨、葬儀の道具など死の象徴がそこら中にあるなかでのスラップスティックコメディ。死と笑いの親近性。

息の喪失 1832(1835.09) ・・・ あまりに怒ったら息がなくなってしまった。突然リビングデッドになった男は家を出たが、死体の体なので不都合なことばかり(紳士に寄りかかられて骨を折るわ、絞首刑にあうわ、地下の墓蔵にに押し込められるわ)。息をできない(自己主張できない)という障害がもたらす暴力と排除。ユーモア編だけどきついね。19世紀前半の知見に基づいた生と死の差異のあいまいさ。「早すぎた埋葬」「ミイラとの論争」「陥穽と振子」と共通。

名士の群れ 1835 ・・・ たわごと町で最も美しい鼻を持つ男。社交界の面々を魅了してしまう。公爵夫人が粗相をしたとき、決闘騒ぎになり、相手の鼻を削いでしまった。父の叱責。名誉や偉さの基準の移ろいやすさ。ゴーゴリ「鼻」1836と同時期。人物名の言葉遊びの妙。

オムレット公爵 1832(1836.02) ・・・ オムレット公爵のもとに悪魔(死神のように魂を受け取りに来る)が来た。侯爵はトランプで勝負をつけることを提案。悪魔との取引のバリエーション。結末はこのジャンルでは極めて珍しい。(解説によるとあてこすり、個人攻撃の作だとか)

四獣一体 1836.03 ・・・ 古代シリアの都アンティオキア。ユダヤ歴3830年(西暦69年にあたる)の壮麗なパレードを幻視する。ユダヤ人の虐殺、仮装した王(あるいはキリンに仮装させたのか?)への叛乱、競技場での大歓声。

エルサレムの物語 1832.04 ・・・ ユダヤ歴3941年(西暦180年)のエルサレムの都。ユダヤ教徒が城壁越しにローマ兵士と取引する。攻城戦のさなか、ユダヤ教の儀式に仔羊がいるが城にいないので、買取たいのだ。先に多額の金貨を下ろし、カエルの籠にローマ人は生き物を入れる。ユダヤ教徒への侮蔑であり、宗教心への嘲笑。この二編はたぶん聖書からインスパイアされたポオのイメージだろう。
(解説によると、上の二編は当時はやりの歴史ロマンスのパロディだそう。)

メルッェルの将棋差し 1836.04 ・・・ 1769年ハンガリーのケムブレン伯爵のつくった将棋指しの自動人形はヨーロッパ中で大評判になった。自動人形ではないという反論もあったが、有力なものではない。そこで、ポオが文献を紐解いて、中に人間が隠れているという結論を観察に基づいて論理的に導く。歴史的遠近法を使えば、将棋や碁やチェスを機械が対局できるようになったのは20世紀の終わりから21世紀に入ってからというのを知っているので、ポオの結論はその通りだと思う。

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面白いのは、メルツェルによる将棋指しのデモンストレーションが現在の奇術とまったく同じなこと。最初に機械の中を見せ、背後の機構を見せ、鍵を閉めてから、おもむろにチェスを始める。奇術のテクニックがすでに生まれていて、奇術師という職業がすでに成立していたことに驚く。それもフランス革命前の18世紀において。また、ポオはバベッジの計算機とメルツェルの将棋指しの違いに言及しているのに注目。バベッジの計算機はアルゴリズムであり、将棋指しは判断と予測の機能が必要。当時の技術では後者を実現することができないことまで見抜いていた。
 あと、ここに出てくるメルツェルはメトロノームを発明した人で、ベートーヴェン1827年没)と交友のあった人でした。へえ、こんな興行師でもあったのか。
(参考)ベートーヴェンがメルツェルに贈った小品。このモチーフは交響曲第8番第2楽章にでてくる。ついでに、この曲を書いたころからベートーヴェンは自作にメトロノームの速度記号を書き込むようになった。現代の基準からすると早すぎるので、論議の的になっている。
「タ・タ・タ……親愛なるメルツェル、御機嫌よう」(Ta ta ta...lieber Mälzel, leben Sie wohl)(4声)WoO.162(1812年

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 創元推理文庫版は小林秀雄の戦前訳(ボードレールの仏訳からの重訳)。それに大岡昇平が捕訳した。二人とも若い時期の仕事。とはいえ豪華な顔ぶれ。


 その早熟にはびっくりするのだが、活動初期の作品を読んでいるといくつか不満もある。ことに、書いていることが「自分」のおしゃべり、ひとりごとであって、「自分」を批判したり別の意見をぶつけてくる他人がいないこと。ドスト氏のようなポリフォニーがなくて、モノフォニー。自意識の塊がひとりごとをいっているような文章。たいていそれは鼻持ちならないか、中身があいまいになるか、勉強の羅列になるかだけど、そういう傾向のものもあるが、ひとりよがりにはなりきらないのはポオの才能のおかげ。これはすごい新人が現れたものだ。