odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

木々高太郎「日本探偵小説全集 7」(創元推理文庫)-2

 後半はおもに戦後作品。

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永遠の女囚 1938.11 ・・・ モガ(モダン・ガール)が奔放な暮らしの後に家に戻ってきたが、小作人争議が起きたときに父を殺した。そういう娘には見えなかったのだが。この事件をモガの姉の夫の弁護士視点で語る。そうすると弁護士の、妻は愛していない・モガを愛していたという感情が加わって、事件が錯綜。記述の多くが弁護士と妻の会話で、興を削ぐことになる。

新月 1946.05 ・・・ 55歳の実業家に嫁いだ25歳の娘。心臓弁膜症で運動を控える勧告を受けているのに深夜、湖で泳いで溺死する。そのとき、娘に焦がれる若者がいた。その事件を受け持つことになった弁護士の記録。「藪の中」みたいな奇妙な味を私小説と新聞の文体で記述。これが直木賞受賞作。

月蝕 1946.11 ・・・ 「新月」に批判的・懐疑的批評があったので、実業家の心理に即して解明を試みる。タイトルは「新月」に対する現象として。

わが女学生時代の罪 1954.03-1956.12 ・・・ 大心池先生の所に入院した神経衰弱の女性。複雑な家庭(妾の子のため実父の弟が育てる。寄宿女学校に入学し、同姓同名の生徒と仲良くなり、しかし傷害事件を起こし、さらに妊娠-出産。寄宿する実父の弟の係累の画家のモデルになるも嫌悪する)で様々な問題を起こしている。小説の大半は、彼女の治療の様子。焦点は女性の産んだ子供の父親はだれかであり、その疑いがかかる画家が密室で中毒死(COではない)した。むせかえる暑さのその部屋に入ったものはすぐに気分を悪くする。いったいなぜ。これも文学をめざした探偵小説なのだろうが、構成の妙で読ませるところを単調な描写で台無しにしてしまった。坂口安吾のいうように殺し方にこだわるのもよくない。意識の流れのようなモノローグが延々と描かれるところは、のちの森某や京極某の書き方に極似していて、なるほど早すぎた新本格なのだろうなあという感じ。作者は女性の語りにすることが多いが(「文学少女」)、どうしても男が書いた物まねになってしまう。文体をそれらしくするだけではよろしくないのだ。後、この国では早い時期の同性愛小説(L)。説明はストレートのしかも男性視点なので21世紀には不十分。まあ、書かれたことだけ注目するのがいいかな。

バラのトゲ 1955.09 ・・・ 腹を刺されて転げ込んできた男、死ぬ間際に犯人の名を言う。逮捕された男は分裂症(ママ)を診断され入院していたが、自殺してしまった。分裂症は自殺しないとされるのになぜ。後半は大心池先生の講義。

 

 なるほど、木々高太郎は作家と大学教授を兼任するほどの知性をもち、多趣味であり、組織人としても優れていた(乱歩の後の日本探偵作家協会会長)。そのような人であっても、おもしろい物語を書く才能には欠けていた。
 芸術とゲームの融合。その志は高いのだが、ことごとくうまくいかないのを他人のせいにすると、彼の生きた時代の文学が自然主義の最盛期であったこと。削った文章で内面を彷彿させるような私小説の全盛期。木々の小説を読んでいると、志賀直哉夏目漱石(晩年)を読んでいるようで、およそ起伏がない。人物も際立った個性をもっているどころか、だれもが同じようなのっぺらぼう。ゲームをするためにはゲーム主が正誤を問わず情報を流さないといけないのだが、それを惜しむ文体では物語は貧相になるしかない。
 それを埋めるのが、精神分析や医学情報。当時の流行りや最先端であったのだろうが、半世紀以上もたつと古びている。ことに精神分析や心理学の知識では。収録最後の作品には分裂症や躁うつ病が取り上げられるが、21世紀の知識と照合すると誤りが見える。それにこれらの知識は事件とほとんど関係がなく、木々のお勉強の成果を発表しているよう。
 この人に限らないが戦前探偵小説家は、家族関係を複雑にする。もともと夫婦がいまくいかなくてぎくしゃくしている家には、夫婦の兄弟、伯父伯母、いとこ、養子などもいる。関係者を増やし、動機が分かりにくくするための工夫なのだろう。でも、登場する人々は関係の呼称以上の役割を持たないし、職業による差異くらいしか書かれない。作者は心理を書きたいのに、それができるのは小説のごく少数者。探偵役の大心池先生ですら、老学者という役割しか与えられない。そこに殺し方へのこだわりが加わって、どうにも読み進められない。ここはやはり作家の書き方が自然主義文学や私小説の影響下にあって、取捨選択をしないで何でも書くというやり方をとったことに理由があると思う。
(なので、反自然主義の立場をとり、ストーリーテリングにこだわった乱歩や横溝、夢野、小栗という面々が21世紀にも残ることになった。)
 戦後の作になると訊問シーンは消える。海外のエンタメが入ってきて、小説のテクニックを新しくしたのか。でも、デビュー以来の書き方を根本から変えるまでにはいかなかった。