odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

宇井純「公害原論 補巻III(公害自主講座運動)」(亜紀書房) 著者が現場にいって被害者や支援者を前にした出張講座の記録。

 サブタイトルは公害自主講座運動。もともとは東大の開いている教室を使って始めた自主講座。お代は200円。つまらないと思った人には返す。その結果、講師も聴衆も緊張感が出て、長続きする運動になった。そこから各地の公害運動の支援や情報交換役や記録係になった。それでも戦後、行政が企業の片棒を担ぐようになって公害運動はなかなか勝てない。しかし、そこから、

「足尾にしても、日立にしても、明治時代にはじまった煙害さえ今日これほどの努力を呑みこみながら解決していない。まして現在の公害が、一年や二年の努力で片がつく位ならば、初めから苦労するはずがないのである。やりはじめたら、一〇年は手を放すな。(Piii)」

という励ましになるのである。この巻では、現場にいって被害者や支援者を前にした出張講座の記録。 初出は1974年。「公害原論」のタイトルで本になったのはここまで。自主講座はこの後も継続する。

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個人的な公害反対運動史10年 ・・・ 「やりはじめたら、一〇年は手を放さぬことである。(Piv)」と言い切る著者の半生。体制化された科学を人間のためになる科学に変えるやりかたとして、素人の自然観察や観察などを集積することを提案する。それを専門家はブラッシュアップや追加の調査・研究で科学的知見に変える。そのためには専門家は住民運動にコミットする必要が出てくる。自らの研究分野への社会的責任として行うことを著者は提案する。1970年代後半に「民衆のための科学」という提案が科学者側からでたがうまくいった例はさてどれほどあったか。(21世紀の住民「運動」がニセ科学スピリチュアリズムなどに巻き込まれがちになっている)
宇井純「キミよ歩いて考えろ」(ポプラ社) 1979年にさらに詳しい。


カネミ油症への闘い 1973.1.26 ・・・ 北九州で起きたカネミ油症の患者や支援団体などを呼んでの講演会。詳しくはこちらで。自分の不明を晒すが、21世紀になっても補償でもめていることを知らなかった。

ja.wikipedia.org


 著者の感想は「水俣病より難しい。(解決までの)時間が長そう」。PCBおよびダイオキシンの中毒はこれまでにまったく見たことがなかったので。水俣病同様に、企業は無責任で交渉を避け、行政は怠慢で患者の認定を遅らせ、科学者の権力迎合で原因解明を遅らせた。公害の特徴は、家族全員に同じ症状が出て生活できなくなることと、地域の差別が現れること。そのために被害者の運動はとても困難。


九州公害運動の渦中で 1973.1.26 ・・・ 前の章の議論を受けて(実際は4日間の連続講座だった)、運動の進め方を検討する。学生の、レーニン主義的な青臭い主張から、被害者の訴えまで幅広い意見がでる。宇井(司会)は例によって、焦らずできることを毎日やる、ちょくちょく顔をあわせる、くらいにまとめる。そのくらいの緩さでないと継続しないので妥当なところ。とはいえ、被害者の生活苦や地域差別、企業や行政の放置を聞くと、被害者に「寄り添う」「側に立つ」などのことばが安易に聞こえてしまう。逃げられないものの問いかけは厳しい。


水俣 原点から 1972.12.7 ・・・ 「公害原論」全10巻のそうまとめのような講義。公害被害者は全身で全体を感じる。加害者は自分の行為とその影響を一部しかわからない(それが傲慢の理由)。裁判所は加害者と被害者の言い分を聞いて中を取るから、全体をわかることはできないし、裁判を基にしてできる基準は被害者には測れないし、被害者は不満になる。よって立つところは事実(現場の意味も含む)のみ。学生の運動は理屈が先にあるから弱い。本当に腹が立ったときから強くなるし、少数のときにやるやり方が大事。

 

 

 もはや、付け加える感想はない。個人的な述懐をすると、大学生のときにももっとも影響を受けたのがこの「公害原論」10巻。管理の厳しい大学で、民主化を求める学生運動の片隅にいて、消耗していた時に宇井純の本を読んだ。あいにく当時は書かれたことはほとんどわかっていなかった。一度大学に読んで講演してもらったこともあった。主催者のひとりだったので、宇井純と短い会話をしたことを記憶している(彼の友人である芸能山城組の大橋力(=山城祥二)の消息を聞かれたのだが、当時の俺はその人を知らなかった)。以来40年弱がたっての再読で、自分の運動やマイノリティなどに対する考えややり方のほとんどはここに書かれたことをなぞっていたのを発見した。もとより、俺がやっていることは宇井や本書にでてくる人たちに比べるとやっていないに等しいほどのささやかであるが、そのような片隅でも役に立つ知恵を教えてもらった。感謝します。

 

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