odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

荒畑寒村「寒村自伝 上」(岩波文庫)-2

2019/10/21 荒畑寒村「寒村自伝 上」(岩波文庫)-1 1975年

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 寒村の目で見た社会主義運動の歴史。上巻の主人公は幸徳秋水堺利彦。若い寒村は数歳年上の菅野須賀子と出会い、同棲し結婚する。ここからは大逆事件に向けて緊迫した状況になる。
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大逆事件前後の運動 ・・・ 1908年。赤旗事件。山口孤剣の歓迎会で寒村と大杉の用意した赤旗を出して街頭に出たところを、待機していた警察の規制にあい逮捕された。1年半の有罪判決。事件の詳細はこちらで。

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 自伝なので監獄の様子が語られる。大杉の父を知っている男が監獄長だったので多少便宜があったとか、冬の寒さがこたえたとか、給金のでる仕事があったが彼らは最低限のことしかせず空いた時間を勉強にあてたとか。重要なのは、獄舎の不満を訴えて改善を獲得していったこと。正当な理由があれば文句を言うべきであり、特に政府や司法に対する訴えは必要。またこの時間に寒村は英書を読み、最初は時間がかかったがのちには通読できるまでになった。小学校卒の男でもそこまで行ける(すごい)収容されていても長期的な希望を持つことは大事なのだ(フランケル「夜と霧」)。。獄中での勉強は埴谷雄高もそうで、左翼やリベラルが実践し続けた。この事件で社会運動の代表格のほとんどが逮捕されたので、立て直しに幸徳秋水がでてくる。アナキストが集まったので、官憲が調査に乗り出し、1910年の大逆事件になる。獄中にあるときに、寒村と管野は疎遠になっていて、ついに管野は寒村と離縁し、幸徳と結婚する。寒村は出獄後、拳銃を入手し彼らを襲撃しようとした。幸い二人は不在。失意の寒村は自殺を図るが果たせず(ここらは山田風太郎「神曲崩壊」の嫉妬の地獄にでてくる)。大逆事件はでっちあげの社会主義者弾圧事件。そのようには報じられず、テロリストであることだけがフレームアップされた。名誉回復は昭和38年の再審以降。1911年1月25日、刑執行。

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(寒村が、管野・幸徳の三角関係に悩み、物騒なものを入手するまでに思いつめたのは23歳のとき。若気の至りというにはあまりに激情的。その後、寒村は一回り年上の女性と再婚。30年間連れ添って先立たれた。社会運動に対する政府の弾圧は、自由民権運動のときから厳しかったが、社会主義労働組合が日本に入ってきてからいっそう過酷になる。のちの治安維持法が日本の民衆弾圧の始まりではなく、それ以前からの長い「伝統」であり、現在にも続いている。なお大逆事件にはアメリカ、イギリスなどで抗議運動が起きた。)


社会主義運動の復活 ・・・ 大逆事件のあと警察の弾圧は厳しくなり、寒村他は日常的に尾行されるほどになる。社会主義運動が沈滞して、思うような活動ができない。寒村は雑誌を編集したり、翻訳したり、小説を書いたりするなどして糊口をしのぐ。それでも月の大半は運動を行うので、警察の妨害・暴力を受け、拘禁され、逮捕拘留されるのはいつものこと。
状況が変わるのが第一次大戦がはじまってから。増産を続ける工場労働者から賃上げ要求が出て、労働運動が始まる。ただ、寒村ら社会主義グループは労働組合運動と関係していないので、連携や連帯までにはいかない。むしろ本の情報から得た社会主義理論は、現場の労働組合からは疎まれる(実際、寒村らは個人事業主として働いているので、組合活動の経験はない。労働者の状況を把握しているわけではない)。
そこに1918年3月(旧暦)のロシア革命の報が届く。一斉に歓喜をあげたものの、彼らはレーニントロツキーケレンスキーを知らない。慌ててロシアの共産主義文献を取り寄せて読む。
(この時期、寒村は大杉栄と行動を共にする。寒村はサンディカリズムからロシア革命の影響でマルクシズムやレーニン主義に代わる。一方大杉はアナキズム固執。なので意見はすれ違い、疎遠になる。加えて妻子持ちの大杉栄は神近市子や伊藤野枝との三角関係になる。詳細は大杉栄「自叙伝・日本脱出記」を参照。)

 

 上巻後半は寒村の20代後半。結婚、悲劇的な別れ(二回に及ぶ)、再婚があり、いくつかの会社に席はおくものの実質は売文による個人経営。小学校卒であっても、獄中で英語をマスターし翻訳ができるというスキルを身に着けたのが大きい(その後も多数の翻訳書をだしている)。さまざまな文化人との交友があって、仕事を融通しあうネットワークをもっている(竹久夢二など意外な人物と知り合いになっている)。組織に所属しないで生活している。これはすごいし、あるいは明治では多少の才覚で可能だったのか。
 幸徳や大杉栄の恋愛関係が詳述される。ときには寒村自身もかかわるような出来事がある。彼らが起こしたことはかっこうなスキャンダルになった。運動を非難するときに使われたりもした。この国ではなぜか社会運動をする人は禁欲と道徳順守が求められる。くわえると清貧であることもも求められる。こういう偏見や思い込みで他者をけなすのはよくない。

  

 

 寒村は獄中でヘッケル「生命の不可思議」(英訳)を読んでいた。進めたのは堺利彦社会主義や共産主義はラマルキズムと相性が良いという指摘は当たっていると思った。

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 2019/10/17 荒畑寒村「寒村自伝 下」(岩波文庫)-1 1975年
2019/10/15 荒畑寒村「寒村自伝 下」(岩波文庫)-2 1975年