odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

フョードル・ドストエフスキー「論文・記録 下」(河出書房)-2 「作家の日記」の前に書かれた思想や文芸批評。愛郷と愛国をごっちゃにしたナショナリズムが排外主義を伴っている。

 「第2部」に収録されたのは、思想や文芸批評など。

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土地主義宣言 1861.01から ・・・ 兄ミハイルの主宰した雑誌の趣旨を説明する文章(寄稿者にはツルゲーネフがいた。のちにドスト氏はツルゲーネフと仲違い)。農奴解放でロシアは新しい時代になったが、「われわれ」と民衆は分離された。ヨーロッパ化は過去の実験で失敗。ルーシ(ロシアの古名)につながる土地ボーチヴァに基づいてロシアは統合されなければならない。そこには国民と歴史と神話が継承されている。それが実現されればロシアの理念はヨーロッパの理念を大統合するものになる、云々。土地ボーチヴァが概念であって、あいまいであることは当時から指摘されていたらしい。ここでも概念の説明はない。ヨーロッパに遅れた国がナショナリズムを構成するときに、イギリス・フランス・アメリカのリベラルやデモクラシーにはない土地・言語・民族を統合の象徴にするのはよく見られる事例。ドスト氏のロシアに限らず、ドイツや日本でそうだった。その統合の概念が曖昧模糊としたもので、愛郷と愛国をごっちゃにしたナショナリズムが排外主義を伴うのも共通している。

文集『四月一日』の序 1846 ・・・ 『ズボスカール』(フョードル・ドストエフスキー「論文・記録 上」(河出書房)-2)に続いて出した文集の序(無署名)。

名誉心の夢にふけるのはいかに危険であるか ・・・ その『四月一日』に収録された散文詩? ドスト氏を含む3人の合作。ドスト氏の文体は個性的なのですぐにわかる(6節)。あとはつまらない。

ジャック・カサノヴァの終章 1861.01 ・・・ 紹介文。

エドガー・ポーの三つの短編 1861.01 ・・・「三つの短編」を雑誌に掲載した時の紹介文。具体的な作品名は不明。本文に出てくる短編は「ミイラとの論争(1845)」「ヴァルドマール氏の病例の真相(1845)」「軽気球奇譚(1840)」「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語(1837)」「モルグ街の殺人(1841)」「盗まれた手紙(1945)」「黄金虫(1843)」。残念ながら「ウィリアム・ウィルソン」「群衆の人」「告げ口心臓」の感想はない。ドスト氏の小説と発想やテーマが似ているのものなので、感想を聞きたかった。ドスト氏はポーをホフマンとも比較していて、ポーはむら気があるがディテールの空想力がすばらしく、ホフマンは魔法の詩人で理想と真実を表しているという。どちらも若死にした作家で、ホラー・怪奇の大家。ドスト氏の見立て(ポーは怪奇作家)は当たっていると思う。
 ドスト氏は1860年に「死の家の記録」を書いていた。収容所や刑務所の犯罪者がたくさん登場し、彼らの言動を詳しく記録する。犯罪者に強い関心をもっている。ポーも犯罪者という特異な存在を小説に取り上げた先駆者だ。犯罪者を主題にする小説が、ヨーロッパの外にあり、資本主義の未発達なアメリカとロシアでほぼ同時期に生まれたことが興味深い。というより、ドスト氏がポーを読んでいるとは思わなかった。ポーの没年1849年はドスト氏のデビュー1846年の直後なので、ポーはドスト氏を読んでいないと思う。
 ちなみにボードレールが「エドガー・ポオ その生涯と作品」1852年でとりあげたポオの作品は、「黒猫」「ユリイカ」「リジーア」「エレオノーラ」「アルンハイムの地所」「アナベル・リイ」「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」。ほぼ登場順。フランスの詩人とロシアの作家の関心領域のずれがおもしろい。ボードレールもホフマンに言及していた。

<全文>

odd-hatch.hatenablog.jp

<参考エントリー>
2019/06/06 エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-1「壜のなかの手記」「ハンス・プファアルの無類の冒険」ほか 
2019/06/04 エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-2「メルッェルの将棋差し」「ペスト王」「影」ほか 
2019/06/03 エドガー・A・ポー「ポー全集 1」(創元推理文庫)-3「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルソン」ほか 
2019/05/31 エドガー・A・ポー「ポー全集 2」(創元推理文庫)-1「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」 
2019/05/30 エドガー・A・ポー「ポー全集 2」(創元推理文庫)-2「群集の人」ほか → ボードレールのポー評が載っている。

2019/05/28 エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-1「モルグ街の殺人」「マリー・ロジェの謎」「盗まれた手紙」 
2019/05/27 エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-2「赤死病の仮面」「メエルシュトレエムに呑まれて」ほか 
2019/05/24 エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-3「陥穿と振子」「早まった埋葬」ほか 
2019/05/23 エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-1「黄金虫」「黒猫」ほか 
2019/05/21 エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-2「シェヘラザーデの千二夜の物語」「アモンテイリャアドの酒樽」ほか 
2019/05/20 エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-3「アルンハイムの地所」「ランダーの別荘」ほか 



ラスネル事件 1861.02 ・・・ 犯罪事件は人間の個性を浮彫りにする、興味ある性格を示す。このころから、西洋の文学は犯罪に興味を持つようになった。

ストラーホフの『シルレルについて』への付記 1861.02 ・・・ メモ書きみたいなもの。

ノートル・ダム・ド・パリ 1862.09 ・・・ ユーゴー、醜に美を見た作家、復興の理念の宣伝者。

希望 1873.01 ・・・ スキャンダルや悲惨な話よりも社会奉仕の物語を。(ナショナリストはモラル好き)。

1860-1861年度の美術アカデミー展覧会 1861.10 ・・・ 作品評。

N.V.スペンスキイの短編 1861.12 ・・・ 現在に名を残していない作家の作品評。

 

 

 ドスト氏は思想の表明や評論には向いていなかったのかな。この2巻の「論文・記録」で読むに足るのは「エドガー・ポーの三つの短編」だけ。あとはどうでもいい。
 こういう文章を読んでドスト氏の政治思想などを抽出しようとするとか、真贋を明かにするとかいう気力はまったくない。プロの研究者はすごいです。
(全集20巻「論文・記録 下」にはあとシベリア時代のノートや書簡の補遺が載っているが、そこまで読む気力はない。また河出版全集には書簡集が3巻あるが、読みません。)


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