odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フョードル・ドストエフスキー「貧しき人々」(河出書房)-1

これから米川正夫個人訳のドストエーフスキイ全集を読んでいく。
 中学3年の冬、高校受験の直前に同じ訳者の「罪と罰」(新潮文庫)を買って、受験勉強をほったらかしにして一月ほどかけて読んだ(目標にしていた高校に入学)。そのときに、この作家の小説を全部読んでやろうと決意し、高校2年の冬に全集を購入したのだった。めずらしく書店主が配達にきて、全21冊の入っている大きな段ボール箱を置いていった。最初にあけたときの重さとにおいの感覚はいまだに残っている。以来、たびたび引っ越してきたが、この全集は本棚の最も目立つところに置いてあったのである。
 ところが、大学一年に「罪と罰」を再読したきり、他の巻には一切手を触れることなく四半世紀以上を経過。その後「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」「虐げられた人々」「死の家の記録」「地下生活者の手記」を別の本で読んだ。先の二冊には圧倒されたが、すぐに中身を忘れてしまった。
 そこで、高年にはいったあたりで、きちんと読もうと、もう一度決意したのである。近眼と老眼が同時進行して、眼鏡なしで本を読めるという人生のサービスタイムも残りはわずかとなれば、優先順位の高いものから先に読むのも必要であろう。

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 まず最初に、デビュー作である「貧しき人々」を手に取る。1846年発表。当時作者25歳。いまでこそ、少ない社会経験で若者が小説を書いて専業作家になるのはめずらしくないが、19世紀半ばではめずらしいのではないか。あるいは、この小説に書かれたように当時は人は若くして成熟するのではないか。そのような邪念を持つほどに、この作品はデビュー作にしては完成度は高い。小説の出版前のエピソードにあるような熱狂がペテルブルグの文芸サークルに巻き起こったのもうなづける。
 二人の手紙が交互に交わされるという、18世紀風の古い形式で書かれている(「パメラ」とか「若きウェルテルの悩み」とかがそうして書かれた)。でも、手紙を交わす相手がふつうではない。高年(40代と思われるが当時では十分に老人)のマカール・ジェーヴシキンと10代の少女ヴァルヴァーラ・ドブロショーロヴァ(ヴァーレンカ)。4月5日からおよそ半年間、数日おきに手紙を交わす。ときには日に二通もだす。これは電話もインターネットもない時代(おそらく新聞もなかったのではないか)。それぞれが自分の貧しさを嘆くのであるが、マカールはヴァルヴァーラに援助を絶やさない。なけなしの金を送り、ときに借金をしても、彼女の苦境に手をさしのべる。ヴァルヴァーラは係累のないティーンエイジャーで針仕事などをしているが、病弱なので収入には乏しい。金を返せないヴァルヴァーラは、マカールにプーシキン「ペールキン物語」かゴーゴリ「外套」などのベストセラーを送ることくらいしかできない。互いに互いを思いやる行為が繰り返される。事件らしい事件は二人の間では何も起こらない。
 むしろ彼らの周辺事項の方に興味がむく。
 ヴァルヴァーラの父は実業家であったが、突然の死により借金を残してしまった。母と娘は安い下宿にうつったが、その女主人の意地悪に泣かされ、ヴァルヴァーラは低賃金の労働のうえ下宿の仕事さえやらされる。気分転換になるのは、ポクロフスキーという大学生。気難しいエリート意識の持ち主であり、ヴァルヴァーラの家庭教師を買って出るが物覚えの悪さに癇癪をもってばかり。その彼にヴァルヴァーラは恋心を持つものの、病気にかかりあっというまに死んでしまう。この学生にはアル中の父がいて、息子は軽蔑していたが、父は息子を自慢に思うも、近寄りがたく、愛情の表現も下手でいじけてばかり。死の前に父ポクロフスキーはヴァルヴァーラとプーシキン全集を送ることにする。しかしそれを披露する前に息子ポクロフスキーは死亡。その出棺を追って、父ポクロフスキーは全集の何冊かを外套のポケットに押し込む。歩いている最中に本は泥の中に落ち、拾っては落とし、泣きながら後を追う。その汚れた姿に町の人は笑い出す(この悲痛と滑稽の同居は、のちの「罪と罰」の葬儀のシーンを思い出させる)。
(ヴァルヴァーラの生活における悲惨さと、精神の高潔さは、そのあとの小説の主要モチーフになる。「虐げられた人々」のネルラや「罪と罰」のソフィア、少し趣向をかえて「カラマーゾフの兄弟」のローザなど。あと彼女のマゾヒスティックさや他者への強い依存心は「ネートチカ・ネズヴァーノヴァ」の主人公にも引き継がれそう。)