odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

エリザベス・フェラーズ「自殺の殺人」(創元推理文庫)

 ジョアンナ・プリースは23歳になっても職に就かずにぶらぶらしている。そのことを父エドガーは気に入らない。同居する秘書ペギィ・ウィンボードがしっかり者なので、どうしても実の娘に厳しくなる。最近はますますよそよそしくなり、ジョアンナに厳しく当たる。ある嵐の夜、ジョアンナは身投げをはかった。植物園館長をしているエドガーの助手ゴードンが運よくみつけ、さらにトビーとジョージという青年がいあわせて、家に帰らせた。翌朝、不機嫌なエドガーは朝早く出勤し、一発の銃弾とともにこの世を去った。警察は他殺であるとみなした。でも、ジョアンナとその周辺の若者たちは、前日自殺しようとした男が翌日殺される理由が思いつかないと自殺ではないかと推測する。捜査を進めると、部屋の鍵が窓から捨てられている、机の上の手紙が消えている、前日に秘書のペギィが突然解雇される、と不可解なことばかり。それに気難しいエドガーはほとんど友人をもっていなくて、ジェラルド・ハイランドという同年配の親類くらいしか近しくないのに、ジェラルドにもヴァネッデン博士という小男と懇意にしていることを隠していた。さらにエドガーは助手のゴードンやダンの研究に嫌がらせじみたことをして、追い詰めていた。

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 というような情報は断片的に知らされるのであって、小説のほとんどはエドガーの部屋や近くのパブや事件のあった植物館などでのジョアンナの振る舞いについて書かれる。電話も自動車も持たず、ネットもない時代には、若者は歩いて人と会い、おしゃべりをし、遊びの打ち合わせをし、パブでビールを飲み、自宅に招いてパーティを開くしかない。必然的に、ジョアンナには上記の事件の関係者が入れ代わり立ち代わり現れては、事件のことをうだうだとしゃべるのだ。そこに上のような情報が紛れ込んでいるので、きちんと読み込もう。
 作家の人物描写と会話の腕は相当なもので、ヒロインであるはずのジョアンナもまた気難しく、他人への配慮ができず、感情のままに相手を攻撃し、その感情も激発的に変わる(泣いたり怒ったりが頻繁に交代)というややこしい面倒くさい行動性向の持ち主。まあ、(男から見て)いやなやつなのだが、生き生きとしているところは感服。内向的で気難しいペギィの描写もよい。総じて女性は個性的。一方、男性陣はそこまでの深みはなく単純な性格の持ち主。「私が見たと蠅は言う」でも女性の描き方に感心し男性が類型的なのにほくそ笑んだが、ここでもそうだった。
 隠れテーマは父のパターナリズムと娘のリベラリズムの葛藤。これは戦前(1941年作)のイギリス社会だから起きていることで、四半世紀のあとの1960年代になれば、娘のリベラリズムに父は対抗できなくなり、奔放な生き方ができただろう。その点で、戦前のイギリスの中流階級では女性はいろいろ抑圧されていたのだと思いをはせることになる。
 さて、後半になってペギィがエドガーの睡眠薬を大量に飲んで死亡するという事件が起こり、これも自殺とも他殺とも判別しがたい。そしてヴァネッデン博士とジェラルドが行方不明になり、かれらはあとを追いかけることになる。
 真相はというと、最後になって二転三転。自殺か殺人か決められない状況から、自殺である、いや殺人であるという推理がいくつも披露され、納得しかけたところでひっくり返る。事件が明るみにでたあと、ふとした問いかけによって、もう一回事件の様相がひっくり返る。このトリッキーな構成はみごと。それに前半のジョアンナにフォーカスした描写もこの仕掛けに関係していて、これも優れたテクニック。気持ちよく騙されたのも楽しいものだと、良いミステリーの余韻を味わえた。
(ここの事件でも超法規的措置が取られるのだけど、クイーンやヴァン・ダインやクリスティやカーの諸作のような違法性・犯罪性は認められない。彼の裁量であれば、それも仕方ないと思える解決だった。ここもうまいと思う。)
 ミステリーのテクニシャンであり、人物や風俗の描写がうまく、会話もうまい。でも少し物足りないのは、登場人物がイギリスの中産階級の若者たちに限定されているところ。多様な階層と年齢とジェンダーの人物を書き分けられるクリスティはすごい。