odd_hatchの読書ノート

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E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-3

2020/03/30 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-1 1922年
2020/03/27 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-2 1922年

 ジャス王とゴライス12世は、「二人の間に平和を保つには地上の世界が小さすぎる」のであって、戦さはいずれかを殲滅するまでは終わらない。

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 ジャス王とダーハ卿の帰還により、デモンランドの体制復興は進む。一方、ウィッチランドのコリニウスらは酒色におぼれ、兵の士気は緩む。とはいえ、クロザリング城は難攻不落。ジャスとても攻め手を見つけられない。ダーハ卿は少数部隊を率い、城を背後から急襲する作戦を立てる。ジャスとスピットファイア卿の正面攻撃は攻めあぐねるも、深夜雨の中を進行したダーハ軍の急襲が成功し、野外での決戦はデモンランド軍の勝利(ここらへんは鵯越桶狭間を髣髴させる作戦だ)。
 1年後、クロザリングの城は少しずつ改修が進み、周辺国の応援もやってくる。ダーハは深い湖から天馬の卵を回収し、スピットファイア、ダーハ、ぐロとともにインプランドのソフォニズバ女王を再訪する(このときコシュトラ・ピヴリンカなどの高峰を登攀する描写は割愛される。二度目だからね)。ジャスが孵化した天馬を手なずけ、ゾフ・ラックの峰に飛ぶ。到着するもあまりの急峻さと自然の厳しさに天馬は空に駆け上がり、ジャスは氷のなかを悪霊、亡霊その他の誘惑と妨害を乗り越えて、ついにブラスト卿をみつける。しかしブラスト卿は凍り付いていて、意識を取り戻さない。ジャスは背負ってソフォニズバ女王のもとに帰り、彼らの口づけによってブラスト卿を目覚めさせる。
 ウィッチランドは支配国から兵士を集め、デモンランドとの決戦に備えていた。しかしメリカフラズ海峡での海戦もデモンランド軍の勝利になり、120隻の艦船と多数の兵士を失う。ゴライス王はカルシー城に籠城することに決める。将軍らも悲観的になっていたが、ゴライス王は魔術を用いて、状況をひっくり返す決意を示す。
 そして決戦。英雄たちがわが腕とわが身をもって、肉弾相打つすさまじい戦はその華麗な文体といっしょにじっくりと味わうに限る。敗走したウィッチランド軍のしんがりはコオランド。その背後に迫るジャス。ジャスの刃はコオランドに致命的な一撃を食らわせる。カルシー城内はしんとし、将軍らの軍議は盛り上がらない。翌日、命令を下すと言い残し、ゴライス12世は鉄の塔(最初の魔術に成功したところ)にこもるが、すでにグロは戦死していない(この男、死の直前にまたしてもデモンランドを裏切るのであった)。大広間では将軍らが酒を酌み交わすなかに、雷光きらめき、あたりを滅茶苦茶にする。その直後に鉄の塔が爆発。呆然とする諸侯の身体は重たく、沈んでいく。もっとも敗北に打ちのめされたコーサスが毒酒を回したためである。そこにジャスらが到着。唯一の生き残り、コオランドの妻プレズミューラを保護するとジャスはいうが、ペレズミューラはそれこそわが身の誇りを汚すものと断る。こうしてウィッチランドは滅亡したのである。
 この4年間の戦さで荒廃した水星も、ようやく復興し、ジャス王はソフオニスバ女王を城に迎えることができた。ジャス王33歳の誕生祝いに招待したのである。女王は平和と静謐を寿ぐが、ジャスと諸侯には深い憂いと気落ちが漂っている。なんとなれば、戦に生きるものは平和と静謐は性に合わず、むしろ永遠の若さと戦さ、衰え知らぬ力と武芸の技を欲するのである。ソフオニスバ女王の「たったひとつの冴えたやり方」。

 

 冒険を終えた英雄はそのあとをいかに生きるかという問いに悩まされる。童話や民話のように「仲良く暮らしました」ではすまないエネルギーをもっていて、平穏な生活に収まることができない。冒険こそが生命であるからだ。たいていの場合の解決は、非業の死を遂げるか、もう一つ上の世界に上昇するかだ。過剰な力は、この世界の混沌と不条理を解消することができるが、そのあとの平和と静謐の時代にはやっかいなものになる。なので、排除される。
 ここでは、まったく別の解が与えられる。ゴライス12世の指にはウロボロスの指輪がはめられていることを思い出せば、それは納得するだろう。これ以上はいわない。


 この本を四半世紀前に読んでから、当時はやっていた「ソード・アンド・ソーサリー(剣と魔法)」のファンタジーは一切読まずに現在にいたる。本書のこれほどのおもしろさを超えるのは不可能であるからだ。「魔法」なる超越的な力で困難と危機を乗り越えるのは邪道にほかならない(と偏見をさらす)。なので、興味は、1922年出版のこの作品とねっこをいっしょにする中世の騎士物語に向かい、数百年前に書かれた物語の世界に浸ったのであった。
 もちろんこの大作にケチを付けようと思えば、いくらでもできる。それでもなお、この作品が魅力的であるのは、ことばのみによって、現実を忘れさせる世界を構築していることであって、その精緻で魅惑的な場所にはいることで浮世の憂さを晴らすのにこれ以上の贅沢な時を過ごさせるものはないからだ(ほかにもそういう傑作、奇書、怪作はたくさんある)。

 

<参考エントリー>
イギリス古典「ベーオウルフ」(岩波文庫)
ブルフィンチ「中世騎士物語」(岩波文庫)
フランス古典「聖杯の探索」(人文書院)
ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-1
ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-2
ドイツ民衆本の世界」(国書刊行会)
ドイツ民衆本の世界6「トリストラントとイザルデ」(国書刊行会)
フランス古典「トリスタン・イズー物語」(岩波文庫)
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(岩波文庫)

2016/03/29 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-1
2016/03/30 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-2
2016/03/31 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-3
2016/04/01 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-4
2016/04/04 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-1
2016/04/05 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-2
2016/04/06 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-3
2016/04/07 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-1
2016/04/08 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-2
2016/04/09 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-3