odd_hatchの読書ノート

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デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-2

 2020/04/07 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-1 1920年

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タイドミン ・・・ マスカルは夫の死に動じないオウシアックスに呆れて別れるつもりであったが、旅をつづけることにする。オウシアックス「私たちはクリスタルマンの娘で息子」。年配の女、クリムタイホンのもう一人の妻であるタイドミンがくる。夫の死体を見て二人に自分の家に来いという。オウシアックス、タイドミンの示した道を行き転落死。マスカルは死体を担いでタイドミンのあとを追う。タイドミン、「何か犠牲行為をしない限り(マスカルの)冒険の旅は終わらない」「死体を担ぐことではない」「犠牲の他には何もすることがないという気持ちになること」。マスカル、「人生の生きがいは運命さえも顔負けするような度量の大きい人間になること」。途中、ジョイウィンドの弟ディグルングにあう。マスカルは自分の冒険がジョイウィンドに伝わることを恐れ、ディグルングを殺すか吸収するかを選択する。ディグルングをあっさりをつかまえしっかりと抱え「吸収」する。歓喜、強い意志が伝わる。洞くつにつき、暗闇で横たわり、タイドミンに手を握られる。鮮明な夢。マスカル、「クラッグに会った。タイドミンは死なねばならない」。

ディススコーン高原で ・・・ タイドミンに死を与えるために、死体を担がせる。タイドミンの苦痛にマスカルは喜びを感じる。火の湖(太鼓の音が聞こえる)に死体を投げる。ジョイウィンドの幻をみて、マスカルはタイドミンを許す。中年の大男と会う。スパデヴィルという男はソーブの代わりに一対の膜があり、三本目の手がない。スパデヴィルが手をかざすとソーブは膜になる(ブローグという「世界に向かって開かれた門」である器官)。マスカルのソーブがブローグになると、マスカルは新しい掟、すなわち義務が意識に流れ出す。

スパデヴィル ・・・ スパデヴィルは、トーマンスの世界の原理である快楽と愛は偽りであるという。偉大が支配している世界への道は苦痛を通じて。苦痛とは義務に対する服従を達成すること(ここらの議論はよくわからない)。タイドミンは自分とスパデヴィルが死んでいる予知夢を見たという。目的地のサントにつくと、キャティスという老人がいる。マスカルのブローブを破壊すると、マスカルは快楽を拒否する体になる。スパデヴィルは「サーターはシェイピング」というが、キャティスは「うそ」といい、スパデヴィルを偽善者という。マスカルに二人を殺すように命じ、その通りにすると二人の死体にクリスタルマンのにたにた笑いが浮かぶ。キャティスは「快楽は故郷すなわちマスペルを忘れるから恥じるものである」といい、マスカルに別の地に行くよう命じる。

ウームフラッシュの森 ・・・ 3日目の朝。太鼓の音を追いかける。ドリームシンターという男。彼は「連れてこられたのはナイトスポー」「マスカルの役目はマスペルの燃えさかる炎を盗んで、人々により深い生を与えること」。幻の三人の男(ナイトスポー、マスカル、クラッグ)が行進。あとをつけると、クラッグがマスカルを刺し殺して茂みに消える。不思議な光と音楽の衝撃で、マスカルは気を失う。

ポールクラップ ・・・ 起きてなぜここにいるのか、何ができるのか自問。サーターに感謝して、歩く。<沈む海>にでて漁師のポールクラッブに会う。魚を食い、樹液で知能だけが酔う。マスカル「ここは現実であると同時に偽り」。ポールクラッブ「わしは殺すことによって生きている。この生は間違っている。クリスタルマンは万物をひとつのものに変えようとしている。クリスタルマンにつくられたものは逃れようとしても、再びクリスタルマンと面と向かい新しい水晶に変えられてしまう。サーターの世界は生の始まりであるひとつのものの向う側にある。そこに行くにはひとつのものの中を通って逆戻りしない行けない。それは生命を捨ててクリスタルマンの世界全体と再び結びつくことで可能になる」。ポールクラッブの妻グリーミールがきて、マスカルをスウェイロウンの島まで筏で送ろうという。ポールクラッブはわしがするというが、グルーミールは自分が島を見たいという。

スウェイロウンの島 ・・・ グリーミールが子供と夫と最後の別れ。スウェイローンの伝説(最初の音楽である彼にクリスタルマンは和音を送り美しい響きを出し、クラッグは不協和音を送ってそれ以来スウェイローンの楽器は耳障りなおとしかだせない)を話す。島にはスウェイローンの末裔にあたるアースリッドがいる。「快い日はシェイピングのつくった無粋な合成物。美の純粋さには快をちぎり取らないとならない。」「音楽は均斉と数と感情。快楽はハーモナイズ(調和)。苦痛はぶつかり合いで、その秩序から均斉となり、感情が発生」。アースリッドが演奏すると、マスカルに激しい衝撃。グリーミールは死亡。マスカルは自分が演奏すると言い出し、ためらうアースリッドを追い払う。湖の上にたち、意志を流れ出すと、湖に何本もの水柱が立ち、島のあちこちに亀裂。マスペルの謎めかしい光が輝き、楽器が壊れる。湖の水が消え、陥没のしたでマグマにふれて大爆発。島にアースリッドの死体をみつける。

 

 コリン・ウィルソンデイヴィッド・リンゼイ論「不思議な天才」(「憑かれた女」@サンリオSF文庫所収)で、「アルクトゥールスへの旅」をバニヤン天路歴程」にたとえている。「天路歴程」を読んだのがずいぶん昔(記録を見たら2003年だった)なので、細部を思い出せないが、クリスチャンという青年がキリスト教を体得するために、家族を捨てて、「天の都」を目指す。途中には「虚栄の市」(サッカレーの長編のタイトルになった)など、世界に会って宗教心を惑わし堕落させるものや、天の都に到達するための試練や、神のことばの知恵を授かる機会などがある。それらの惑わしや誘惑、堕落を克服して、メンターの話を聞き、真の神への信仰を獲得する(第2部はクリスチャンが「天の都」のいるという話を聞いた妻と子供が同じように旅をする話で、こちらは第1部ほど面白くない)。途中には、擬人化された倫理や徳目、あるいは罪などが現れ、クリスチャンと会話する。
 そのような構成は「アルクトゥールスへの旅」ににている。しかし決定的に異なるのは、マスカルの旅は「天の都」を目指したものではない。なるほど彼は人生を偉大なものにする願望を持っているものの、それが実現している場所がどこにあるかを知らない。出会う人々は知識をマスカルに披露するが、現実の道徳や倫理とは一致しないし、キリスト教のような教義にも合致しない。彼らの人格はマスカルよりも優れているように見えるが(評価基準は読者の物理現実の道徳や倫理だ)、トーマンスの別の世界にいったり、別の人の知恵と対決したりすると、敗北し死んでしまう。そのうえ、彼らの発する道徳や倫理がさげすむ<クリスタルマン>のにたにた笑いがこの人らの表情に浮かび、クラッブの「クリスタルマンにつくられたものは逃れようとしても、再びクリスタルマンと面と向かい新しい水晶に変えられてしまう」のことばが実現する。マスカルの行く先を示すメンターはいない(ガイドはいるものの、マスカルの欲望する「偉大なる生」をだれも示すことができない)。暗中模索の旅は、自己変革を促すが、その方向は定めがたい。マスカルも出会う人のことばに魅かれて右往左往するばかり(そのうえ、尊大さと自己中心癖が他者のいうことをすなおに聞き入れない)。
 そのうえ、随所で予言されているように、マスカルは旅の途中で死ぬことを知っていて、旅は完結しないまま終わることがあらかじめ示されている。なんとも奇妙な「冒険小説」だ。

 

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2020/04/03 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-3 1920年
2020/04/02 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-4 1920年
2020/3/31 デイヴィッド・リンゼイ「憑かれた女」(サンリオSF文庫) 1922年