odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-1

 夏目漱石が低評価をくだしたデフォー(1660-1731)の小説を読み直す(夏目漱石「文学評論 3」(講談社学術文庫))。本文庫には「完訳」がうたわれているが、解説を見ると昭和の時代に文庫になったものも完訳としてよさそうだ。おそらく大きな異同はないはず。ただ本書は訳者による解説が充実しているので、お薦めになる。
 1719年に出た本書は最初の近代小説といわれる。それ以前にも物語はあったが(ドイツ民衆本の世界中世物語などを参照)、ここでノベル(小説)ができた。語り手や主人公の内面がかかれ、その変化と世界認識の深化という主題が生まれた、ところが物語との違い。なので、放蕩息子ロビンソンは最初の近代的自我をもった人間として、多方面から研究され、規範となった。たとえばコリンズ「月長石」にはこの小説と聖書しか読まず、人生の指針を本書から得ようとする人物が描かれるほど。
 では、小学生の時からいろいろな版で読んできた「ロビンソン・クルーソー」を読み直すことにしよう。なお、以下の章立ては原文にはない。本文庫の訳者によるもの。なので、ほかの邦訳版とは異同があると思う。
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 旺文社文庫版についていた地図が採録されている。便利。

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海へのあこがれ ・・・ ロビンソンはドイツ系の父とイギリス人の母のもとに1632年に生まれる。父は故郷で勤勉い暮らせと命じるが、ロビンソンは海に出たいと希望する。18歳で家出して、最初の航海で嵐にあい難破する。イギリス近海だったので、別の船に乗り込む。
(父が命じるのは、中間層の安楽、平安、美徳を実践しろということ。商業で成功して、息子には法律をやらせたかった。法律は商業のライバルを蹴落とし、町の役職者になる手段。家産を増やすことが美徳であると説教できるくらいに、17世紀には中産階級がイギリスに生まれていたわけだ。これはその前の世紀に名誉革命などのブルジョア革命で、封建制を打倒し、資本主義経済が勃興していたことの反映。そのような生き方に反発するロビンソンの選択は中世の学生や職人のように放浪者になること。)

サレの海賊 ・・・ イギリス人船長のもとで商人、船員の研修。モロッコのサレ港の付近で海賊船に襲われ、2年間ムア人の奴隷になる。
(このときには、船の持ち込み品や備品の名称と数量を細かく記していた。資産の帳簿化と在庫の棚卸。)

脱走 ・・・ 船を任されたので、沖合で釣りをするふりをして脱走。ムア人の少年といっしょに西アフリカを海岸伝いに南下。途中、黒人と交易。
(貨幣と言語を共有しない「外国人」との等価交換。救助費用の支払いのための漂流船や持ち物を船長に売る。ブラジルとイギリスの間での貨幣のやりとりなど近世の経済活動が詳細に描かれる。おもしろい。ポルトガルはブラジル経営。植民地獲得競争に出遅れたイギリスは、カリブ海周辺や北アメリカ大陸に進出しようとする。当時は南アメリカのほうが農業生産性が高かったので、イギリスは取り残された場所に行くしかない。)

ポルトガル船に救われる ・・・ タイトルのように救助され、ブラジルに行く。6年かけて農場主として成功し始める。しかし、黒人奴隷貿易に興味を持って、出帆する。
(ヨーロッパ人はアフリカの黒人とは等価交換交易をしない。奴隷にするなど非人間扱い。イスラムとは等価交換や貿易をするのに。人種差別の歴史は根深い。)

アフリカ行き-難破 ・・・ ブラジルを出発し、カリブ海を目指す。途中、オリノコ川河口で嵐にあい、座礁。救命ボートで脱出するが、ロビンソンひとりが助かる。ナイフとたばこくらいが所有物。
(ここまでは悪を行うと、禍いが生じるという因果応報の物語。悪は中産階級の美徳に反すること、過分な財産をもとうとすること、他人の支援を当てにしないこと。コミュニティから出ることが悪なのだ。)

船の物資を運ぶ ・・・ 1659年9月30日、サバイバルの開始。筏を作って最低限必要なものを乗せ、島の川をさかのぼり安全な場所を確保する。13日間かけて船の荷物で使えそうなものをすべて持ち出す。嵐が来て、船は壊れて流される。
(船の荷物がロビンソンの資産になる。これを使って資産を増やすことがサバイバルになる。ロビンソンの美徳は労働と勤勉と工夫。休みなしで酒も飲まずに働く。)

生活の設計 ・・・ 住む場所の条件は、健康と新鮮な水、遮光と遮熱、とくに大型動物からの安全、救出機会を逃さないために海が見える場所。それをみつけて、テントをはり、洞窟を作って倉庫にし、火薬を分散保管し、周囲の探索を行う。一年かけて住居を作る。
(魂の保安のために、幸福と不幸のバランスシートをつくり、理性を働かせ、労働と勤勉と工夫に励む。休まないこと、希望を失わないこと。)
ヴィクトール・フランクル「夜と霧」(みすず書房)

日記 ・・・ 住居の建設。家畜飼育の試み。地震と嵐の恐怖。難破船からの物資調達。鶏のエサに紛れていたオオムギの発芽に感動。
(以上を日記から抜粋。日記を書く行為は、サバイバルというプロジェクトのマネジメントになる。進捗管理も。日記を書くことは理性を働かせることで、自然状態に戻らず正気を保てる。18世紀初頭の中産階級は文字を読み書きできていた。中世はほとんどの人が文盲だったので、近世になって中産階級向けの教育システムができていたことを意味する。)

神への祈り ・・・ 雨の中森を探索したのちに高熱を発症。寝込むうちに大男が殺しに来る悪夢を見る。そこから神の信仰を獲得。聖書を読んで、この島は牢獄ではあるが罰ではなく試練なのであると改心する。
(難破、地震、嵐、島の孤独はロビンソンに恐怖を味わせたのであるが、神の確信には至らない。改心に至るには身体の不調と神からの脅し(とみられる悪夢)があったから。この転回は、たぶんパウロにおきたことであるだろうし、さらに以前のヨナ記やヨブ記の主人公にもあったこと。この二書と同じストーリーで本書は書かれている。またロビンソンは勤勉や労働や工夫は神に至らないとみている。そこに身体の不調や島の孤独などの苦痛が加わることが重要。(ようやくリンゼイ「アルクトゥールスへの旅」の苦痛の意味が分かったような気がする。仏教や道教神道などより神に至る道はずっと厳しい。)

あずま屋の完成 ・・・ 漂着から1年経過。島の博物学旅行。ブドウ、ライムなどの果実、野生のヤギ、カメ、鳥などの食用動物の捕獲。
(生活の規律化。一年の気候の把握。上の博物学知識の獲得。勤勉と忍耐が生活をつくっていく。ここでは生活と労働は一体化していて、余暇は聖書の読書と神への感謝に費やされる。ここで父の説教であるイギリス中産階級の美徳を身に着けるにいたった。)

 

 子供のときに最も興味を引いたのは、サバイバルのために船の荷物を持ち出し、住居をつくっていくところだった。秘密基地遊びの延長で、ロビンソンの労働と勤勉をみていたのだろう。親や年上の抑圧から離れて自立しているのもあこがれだった(なので改心のところは素っ飛ばしていた)。
 今回の老年入り口での読み直しではもはやロビンソンと同じことをできるとは思ってもいないので、よく働く労働者を眺める気分になっていた。そうすると、ロビンソンの優れていることはリソース管理だった。船から運び出したものと数量を事細かに書くのはリソースの棚卸であり、日記をつけるのは作業日報と進捗管理票の作成であり、嵐や地震などの災害の詳細な記録は危機管理の資料に他ならない。20世紀になってからのプロジェクト・マネジメントの原型がここにある。このあと農業や牧畜も行い、フライデーという従業員も雇用するのであって、個人経営のビジネス(生産と消費が同一人であるからそう言って正しいかわからないが)から規模を拡大していく。そういう資本主義経済化の企業経営の基本を見るかのようでもある。

              

 

2020/05/15 ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-2 1719年
2020/05/14 ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-3 1719年