odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

梶田孝道「統合と分裂のヨーロッパ」(岩波新書)-2 1993年現在のようす。多文化主義と移民受入れ。極右と排外主義の台頭。

2020/10/08 梶田孝道「統合と分裂のヨーロッパ」(岩波新書)-1 1993年の続き

 

 後半は、ホームランドをもたない外国人である移民や難民。EUアイデンティティをもつのは、ヨーロッパの文化や言語などと同質性を持つ人には抵抗がないが、域外から移民難民は必ずしもEU理念に賛成しているわけではなく、EUの普遍的な権利を理解納得しているわけではない。文化や言語、習慣などを同化するのが困難であったり、同化することを拒むこともある。そのような集団と、元から住んでいるマジョリティとの軋轢や衝突をいかに解決するか。
 キーワードは「多文化主義」。多文化主義は社会内の複数の文化や民族の共存を必要とする考え。ここで各文化の相対的孤立を前提とする「文化相対主義」「文化的多元主義」と区別しよう。後者の考えからは相互隔離という考えが出てくる。(ここ意識してこなかったなあ)。

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第2部 並存から新たな緊張へ
多文化主義」の実現は可能か ・・・ 経済的政治的文化的理由で人が激しく移動するようになり、社会も外国人を必要としている。政治的参加を認める動きと排斥を求める動きがある。移民の中でも、同化する動きと民族や文化の自立を求める動きがある。多文化主義の実践例はカナダ、オーストラリア、アメリカなどにある。多文化主義の問題は、文化か人種か、目的か手段か、リベラル(同化を求める)かコーポレイト(民族的自律を認める)か、私的空間と公的空間の区別など。さらにEUほかの先進国の問題は、近代的市民権が民族文化の維持と抵触したり衝突したりして共有されない。基本的な単位は個人か民族宗教集団か。移住者にもナショナリズムがあり、国際紛争と国内政治がリンクする(国内政治に対抗する運動になることがある)。不況時の財政基盤。重要なのは文化の差異を理由に普遍的な権利に制限を加えてはならない(なのでショーヴィニズム、人種差別は絶対ダメ)。
(この問題を日本で考えるときは、在日コリアンから見ることが必要になる。)

移民は「国民国家」と両立するか—同化・統合・編入 ・・・ 移民の受け入れに関して、同化・統合・編入の3通りが考えられる。また移民の二世や三世が誕生することにより、国籍をどうするかで対応が分かれている。血統主義か出生地主義か。移民の対応にはもうひとつ「強制帰国」があり、右翼が主張するケースが増えてきた。この根拠にマイノリティが主張していた「相違への権利」を右翼が曲解して、マジョリティの「相違への権利」に使用している。普遍主義が自国民中心主義に転化するのはよくあることなので、注意すべし。
(以上の議論は1993年当時。それ以降は、統合や出生地主義による国籍や移民の政治参加を認めるように変化しているので、下記のエントリーを参考に。)
庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-1 
庄司克宏「欧州連合」(岩波新書)-2

ヨーロッパの極右はなぜ台頭するのか ・・・ 1990年ころから西ヨーロッパで極右が台頭。国家統合と経済のグローバル化で恩恵を受ける人(エリート、フレキシブルアイデンティティの持ち主)と受けない人(大衆、自分を守るよりどころとして国家に依拠)。後者のなかにナショナル・ポピュリズムが生まれる。主張は移民排斥(と国内の周辺人差別)。現在の変化から取り残される人の相対的はく奪感、強い血統主義、民族国家依存などが特徴。EU統合とナショナリズムは同時に進行する。
(極右の台頭期の記述なので、情報は少ない。この後のドイツの極右と外国人排斥は、2006年出版の下記の本が参考になる。)
2020/10/02 三島憲一「現代ドイツ 統一後の知的軌跡」(岩波新書)-1 2006年
2020/10/01 三島憲一「現代ドイツ 統一後の知的軌跡」(岩波新書)-2 2006年

ボーダーレス化のなかの民族問題—二つの「文化」の交錯 ・・・ 金・モノ・サービスが国家を越えて行き来するボーダーレス化社会で人も移動する。人は文化(習慣・エートス・ライフスタイル・ファッションのような社会学的文化と言語・宗教・民族性のような人類学的文化)を簡単に変更できない。そこで民族問題が起こる。移民・難民は人種差別撤廃、国内周辺民族は文化や民族性の維持を要求する。それにあわせて、社会で脱ナショナル化が図られる(EUでは教育に顕著)。また移民・難民も第2、第3世代が現れると、人類学的な文化から離れて出生地や定住地の文化になじむようになる。

 

 ヨーロッパで1990年代に問題になったことが20年遅れて日本で問題になる。多文化主義ナショナリズム(に起因する人種差別と外国人排斥)は重要な問題になっている。日本の場合は、経済的優位がなくなったことと、ボーダレス化とグローバル化の国際社会で国家の存在理念を失っているところから、民族問題が生まれた。極右と宗教カルトがでて、人種差別と外国人排斥が主張され、ヘイトクライムが起きている。それへの対抗ははじまりつつあるが、社会の大勢にはまだ至っていない。まあ、ヘイトスピーチヘイトクライムを容認するようなエートスがある社会なのだ。正義や公正をきちんと教えられたり考えたりすることがなく、公的自由を実践する機会が乏しく、世論や世間からの視線を善や道徳の根拠にしている。加えて日本の植民地政策に関する教育や啓発も不十分。なので、戦後70年を超えてもいまだに旧植民地にルーツを持つ人たちは、数世代になってもいまだに「移民・難民」扱いをされている。そういう人たちからの要求が21世紀になっても「人種差別撤廃」であるところに顕著。
 本書は1993年初出なので、情報は古い。整理されている論点は現在にも通用するので、参考になりました。それ以降のできごとは別書で補完。このあとEUアメリカ(多文化主義を進めているカナダやオーストラリアなども)がどのようにウルトラナショナリズムや外国人排斥、人種差別に対抗し、脱ナショナルな政策を進めているかを知るのは重要。数十年遅れている日本がどうすればいいかの参考になる。