アーレント「革命について」でアメリカ革命(独立戦争)を知ったが、その後のできごとを知らないので、この本を読んで勉強。前史ののちはだいたい10年ごとに時代を区切る。西暦は恣意的な指標だが、人間や社会の変化とほぼ同期しているという驚き(これは20世紀に限ってのことだろう。それ以前は変化のテンポがのろく、21世紀はもっと早いのではないか:まあ、俺ら日本人も昭和の10年期ごとに区切って変化や差異を説明することがよくあるから、歴史認識でおこるバイアスなのだろう。自戒)。上巻は19世紀末からWW2終了まで。
序章「アメリカの世紀」 ・・・ 19世紀末の変貌と20世紀末の変貌。アメリカの「正義」の揺らぎ。
(重要なのは「正義」が揺らいでいるのではなく、アメリカが依拠している規範や枠組みが「正義」にふさわしいかと問うこと。「正義」概念まで疑うと、社会の公正をどう作るかまであいまいになってしまう。)
二〇世紀前夜のアメリカ ・・・ 独立戦争(革命)から1世紀たったアメリカ。開拓時代は終了している。工業化、大衆社会、経済格差、新移民がキーワード。ここでは差別にフォーカスする。アメリカではやったのはソーシャル・ダーウィニズム。自由主義経済、自由放任政策を肯定し、格差拡大を容認する理屈として使われた。人種差別が拡大。アングロサクソン系以外が人種差別の対象になった。「分離すれども平等」が合憲とされて、さまざまな人種差別が容認された。ネイティヴィズム(邦訳語がないし本書では概要が書かれていない。とりあえずは生まれた国や地域で差別を容認する考え)でアジア系の移民排斥法がつくられた。国内では「自由と民主主義」理念、そとには帝国主義(米西戦争、フィリピンの併合など)。
(「分離すれども平等」は現代日本のレイシストが「差別ではない区別だ」という理屈と同じ。アメリカではWW2のあとに違憲判決が出た。)
革新主義の時代 ・・・ 1900-20。社会不安から秩序回復を目指す運動が革新主義(Progressivism)。産官学共同体制(のちに軍も加わる)が、科学的知識と技術を活用して社会の発展を推進する考え。企業内分業、テイラーシステム、各種の経営学。中産階級の白人男性が中心で、マイノリティや女性は排除される。ホワイトカラーの誕生。労使の分断、政府の経済介入。政治・軍事力、経済力、「民主主義を取り戻す」という理念に基づく外交政策。「現代アメリカ」の基礎がつくられた。革新主義運動の一部に社会主義があり、社会党への支持があった(労働組合運動は弾圧された)。
(新興国である日本も同時期に「現代」がつくられた。こちらは官と軍主導で、科学的合理主義はなかった。)
大衆消費社会の展開 ・・・ 1920年代。アメリカは年5%のGDP上昇、インフレなし、所得30%増という高度経済成長。ただし一部の産業のみ。人口の3分の2は最低の生活。とくに農民、一般労働者、マイノリティ、女性は取り残された。階級による住み分けが進み、人種隔離になる。非アメリカ排除が強まり、共産主義車や労働組合員への抑圧が強まる。民間ではKKKが暗躍(最大時500万人の会員)。若者文化が生まれ、黒人文化が白人文化に取り入れられる。
(日本もWW1中は経済成長。それ以降は不況が続く。下記エントリーを参考。
徳川直「太陽のない街」(新潮文庫)
高橋亀吉/森垣淑「昭和金融恐慌史」(講談社学術文庫)
長幸男「昭和恐慌」(岩波現代文庫)
中村隆英「昭和恐慌と経済政策」(講談社学術文庫)
「現代アメリカ」の危機 ・・・ 1930年代。世界不況。富裕層には影響がなく、下層労働者・農民などに被害が集中。マイノリティ・女性は置き去り。革新主義に基づく知的探求体制が発動し、ニューディールとなる。経済瀬策としては実効がなかった。政治政策で差別的扱いをなくすような法ができたので、黒人が民主党支持になる(それまではリンカーンの党である共和党に投票していた)。連邦政府の強大化がおきる。
(不況の原因。1.建設や自動車のいくつかの産業だけが成長していて次の成長産業がない、2.購買力に偏りがあり需要以上の商品が供給されていた、3.農民が借金苦、地方銀行が500以上倒産、4.不況後近郷が国内に資金移動。ヨーロッパの経済がダメになり資金の循環がとまった、など。)
アメリカの世紀へ ・・・ ヨーロッパとアジアの状況は不安定で戦争勃発の危機にあった。アメリカは中立の立場(なのでスペイン内戦には無干渉)。時の大統領は、アメリカの自由と民主主義理念、アメリカ的生活様式を広めることが国家の役割と見なしていたので、参戦の方策を考えていた。世論は反戦・無介入だったが、事態を変えたのは真珠湾攻撃。以来、戦時体制になり国内の遊休資産と失業者を使って生産活動を活発化させる。その結果、多くの労働者の賃金は上昇し、大量消費生活が復活した(戦争当事国ではアメリカだけ)。国内の労働力不足は女性、黒人、メキシコ人の就業を可能にした。いずれにも差別が継続していた。とりわけ悪質なのが日本人移民の強制収容(のちに謝罪)。この時代にマイノリティ側の反差別運動が生まれる。ワシントン大行進まで予定されていた(大統領の介入で中止)。
(戦時生産、科学動員、戦術研究、戦争終結後の体制構想などは、革新主義に基づく知的探求体制によってできた。神がかりの神秘主義や精神論が蔓延した日本とは大違い。)
アーレント「革命について」は、市民の公的自由や自発的結社(ボランタリー・アソシエーション)の活動が重要であるとされたが、独立戦争から一世紀を過ぎるとそのような活動が行われにくくなっている。移民の流入やマイノリティの権利回復が行われるにつれて、公的自由の場が小さくなっていく。以下は私見だが、言語と宗教による共通性が失われていったこと(ルーツを別にし、言語を異にする集団が生まれた)、都市化が進んで公的自由で賄える規模を超えた集団になったこと(なので革新主義の時代に専門家集団による行政が必要になったのだ)などが原因。
2020/10/09 有賀夏紀「アメリカの20世紀 下」(中公新書) 2002年