odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

川崎修/杉田敦編「現代政治理論(新版)」(有斐閣アルマ)-2

2020/10/29 川崎修/杉田敦編「現代政治理論(新版)」(有斐閣アルマ)-1 2012年

 

 自分が学生だった1980年前後を思い出すと、おそらく政治学の教科書にはマルクスウェーバーにページが割かれていたのではないか。第7章以降は章そのものがなかったのではないか(個人的な感想です)。そう思うと、生物学同様に、政治学もこの半世紀で劇的な変化を遂げたことになる。

 

 第7章 ネーションとエスニシティ--アイデンティティの政治 ・・・ ネーションは国民国家の主権のありかを示すために偽装された制度といえる。解放的な効果や富の再分配の同意に一方で、平準化や規律化、動員の根拠になる、内外の断絶を強調し差別待遇を起こした(入出国管理に典型)。リベラルデモクラシーは同質的なネーションを前提にし、普遍主義の政治を行う。一方、多文化主義では国内に存在するエスニックグループに平等な政治的処遇を求め、独自性を保障する権利を持てるようにする。
(日本は単一民族からなるという神話があって、エスニックマイノリティの権利や処遇は差別されてきた。そこで在日コリアンアイヌ、沖縄などのマイノリティの権利を保障する運動が起きていることに気づくことは重要。ほかにも性自認などのマイノリティのアイデンティティも同様の多文化主義と同化主義の対立がある。またナショナリズムの説明に、所属するネーションが優れているという信念、強引な聖化というのがあって、ネトウヨレイシストによくあてはまると笑った。)

第8章 フェミニズムと政治理論--寄与と挑戦 ・・・ 近代社会ができてからも女性は「人間」とみなされてこなかった。1960年代以降のフェミニズムは、パターナリズム概念を拡張して、公的領域の権力関係は私的領域の権力関係に由来することを明らかにし、ジェンダー概念で「男性」「女性」らしさが社会に由来するものであることを主張した。これによってフェミニズムは公私の区分の批判と見直しを要求する(それまでは公-政治、私-経済だったのを、さらに区分、特に親密圏概念を創った)。さらに普遍性や中立性への批判も生まれる(普遍や中立そのものに男性優位主義が入っていないか。それを強化しないか)。

第9章 公共性と市民社会--公共性と市民社会 ・・・ 通常、人間の活動領域は私的(家庭や経済、宗教など)と公的(政治など)に分けて考えられていたが、近代的な市民が政治に参加するようになって、公共領域の範囲が見直されたり、公共圏というアイデアが提唱されるようになった。ことに福祉社会において国家が私的領域に介入するようになったり、市民が「顧客」になって政治に関与しないようになったりすることの批判がある。ハーバーマスの公共圏は「さまざまな情報や観点をコミュニケートするためのネットワーク」であるという。公共圏は市民社会に基盤を持つが市民社会そのものではなく、制度や組織に還元されない。
(なるほどハーバーマスの概念はSNSにおいて実現しているのだな。実際、ツイートの傾向が政治家の発言を左右するような強さをもつようになった。一方で、SNSは私企業の経営なので、討議も議論もなしにコミュニケートの自由が侵害されたりもする。またSNSから生まれる市民運動は、制度や組織に還元されない特徴があって、討議デモクラシーの実践を見ているよう。実態は下記が参考になる。
2019/04/9 木下ちがや「ポピュリズムと「民意」の政治学 3・11以後の民主主義」(大月書店)-1 2017年
2019/4/8 木下ちがや「ポピュリズムと「民意」の政治学 3・11以後の民主主義」(大月書店)-2 2017年
2017/05/09 笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-1 2016年
2017/05/08 笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-2 2016年
2019/04/15 野間易通「実録・レイシストをしばき隊」(河出書房新社)-1 2018年
2019/04/12 野間易通「実録・レイシストをしばき隊」(河出書房新社)-2 2018年
 この章で漏れているのは、対抗的デモクラシーが国家vs市民という図式であって、市民が市民に対抗するという事態を考慮していないこと。もうひとつは討議デモクラシーでは市民が他者への配慮や礼儀をもち議論のルールを理解し理性的に発言することを期待しているが、実際の市民はそれができないものが多数いること。学会や教授会のようなおだやかな議論はまずない。路上やSNSでは、相手の話を聞かないとか討議の論点を無視するとか同じ話を延々とするとか個人攻撃やヘイトスピーチをするとかなどがある。特に目立つのは路上のヘイトデモや街宣であり、2010年代の国会質疑。なので、ときに市民が市民の表現の自由を制限することがある。これはデモクラシーや自由主義を守るために必要なこと。これらに関する考察がないのが残念。上のエントリーに挙げた本は表現の自由の制限に関する話があるので参考に。
 あとハーバーマスは公共圏は中世や近世の王や貴族らがみせつける顕示性公共圏と市民社会と市民参加の市民的公共圏を分けている。この分類でいうと、この国にあるのは顕示性公共圏。市民の公的自由を行使する市民的公共圏はほとんどない。
 またカントは「理性の公共的使用は、(略)学者として、読書し議論する公衆全体のまで発言する場合(P238)」といったという。読書することはこのように公共領域やデモクラシーに関与するための前提な活動であり仕事(@アーレント)であるわけだ。このことを俺は最近重視するようになったが、この国の読書論で公共性に言及した著者はいるだろうか。)
<参考エントリー>
2019/07/04 斉藤孝「読書力」(岩波新書) 2002年

第10章 環境と政治--自然,人間,社会 ・・・  1960年代の公害と成長の限界は環境問題を政治問題にした。どのように環境を守るかは政治的に決定される(科学は政策決定のための補助的な役割)。環境問題を政治にするときの意識は、1.世界的な経済格差や資源分配の不公正をいかに是正するか、2.将来世代の利益をいかに現生において実現するか、3.自然の尊重を法的・政治的にどのように具体化するか。リベラルデモクラシーは資本主義を前提にしているので、いかにエコロジーと相いれるかが課題。共有地の悲劇を回避するためには監視や統制が必要になり、デモクラシーと自由主義が対応できるかも課題。複雑な立場と利害が関係するので、討議デモクラシーが実践されている。

第11章 国境をこえる政治の理論--グローバリゼーション,デモクラシー,リベラリズム ・・・ 国際政治学の歴史、コスモポリタンなデモクラシーの構想、反グローバリゼーション市民運動の国際化など。

 

 自分の興味関心に即すると、「ヘイトスピーチ」で章がほしい。すべての章と問題がリンクしていて、しかもそれぞれの章で問題にしてこなかったことが具体的に表れているから。

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 共通善と正義、公共圏、自由の部分的制限、討議デモクラシーと直接民主主義、権力関係、性差別や男性優位社会への抗議など。いまのところヘイトスピーチは法学は取り上げられるけど(「法学セミナー」の特集など)、社会学が取材・調査して運動や法整備などに影響を及ぼした例は少ない。数年後には改訂版がでると思うが、その際に追加されることを期待しよう。

 

 2017/05/12 法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社) 2015年
2017/05/11 法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム II」(日本評論社) 2016年
2019/04/11 法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム III」(日本評論社) 2018年
2020/03/13 別冊法学セミナー「ヘイトスピーチとは何か」(日本評論社) 2019年
2020/03/12 別冊法学セミナー「ヘイトスピーチに立ち向かう」(日本評論社)-1 2019年
2020/03/10 別冊法学セミナー「ヘイトスピーチに立ち向かう」(日本評論社)-2 2019年