odd_hatchの読書ノート

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ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-1 計画経済から市場経済に移行するにあたって、政治体制の変化が起きた国を概観する。

 2020/11/16 ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上」(日経ビジネス文庫)-2 1998年の続き

 

 下巻の前半の章は、計画経済から市場経済に移行するにあたって、政治体制の変化が起きた国を概観する。変革、改革、革命などさまざまな手法によって政治体制が変化したのであるが、共通しているところを見出すとすると、政治を変える集団と経済体制を変える集団は異なる。ときに、政治を変える主体になった人や集団は経済の変革についていけずに支持を失うことがあった。ソ連ゴルバチョフポーランドの「連帯」が典型。ソ連エリツィンやペルーのフジモリも大統領になったのちには、経済改革を計画・実行するにあたっては、経済学者や経済官僚にかなりの権限を持たせて任せるようにした。ポーランドチェコスロヴァキアでも同様。
 20世紀半ばまでの革命は、政治においては権力からの自由/権力への自由を実現い、経済においては貧困からの解放を目指していた。政治と経済を変革する主体である国家(あるいはそれを運営する党)に強い権力を持たせて、国家主導による変革を実行してきた。そのモデルはソ連東欧の共産主義社会でも、独裁・軍事政権の中南米でも失敗してきた。なので、国家主導の政治経済システムを破棄する革命では、政治と経済を指導する主体は別になるのかもしれない。アーレント「革命について」の分析は、1980-90年代の東欧や中南米の変革に適応できるのか。

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第8章 許認可支配の後に――インドの覚醒 ・・・ WW2のあとイギリスからインドが独立したあと、首相はガンジーネルーの子孫になった。自由選挙、司法の独立、自由報道など民主主義があり、独裁制にならなかった。経済政策は社会主義で、国有企業が多く、分厚い官僚制の許認可制でイノベーションは怒らなかった。1990年代になって、ラオ首相が方針を転換する。国有企業を民営化し、許認可制などの規制をなくした。その結果、インドは経済発展を遂げた。しかしカースト制と巨大な格差はなくならず、大きな問題を残している。
(インドにも財閥ができ、家電や鉄鋼、自動車などで国際的な企業が生まれている。本書では触れられない問題は、宗教間対立や隣国との国境紛争など。中国、パキスタン、イラン、バングラデシュスリランカなどとの紛争がやまない。政治の不安定さ。またインドから東南アジアや中東産油国などに出稼ぎや移住者が多く出ていて、行先の国での差別や格差の問題を生じている。)

第9章 ルールにのっとったゲーム――中南米の新しい潮流 ・・・ 20世紀初頭は経済成長国であったが、WW1と30年の世界不況で欧米資本が投資を引き揚げてから、中南米諸国は停滞する。その時代は、従属理論の経済政策で国家統制経済だった。政権は軍人かカリスマの独裁制であった。腐敗と縁故がはびこり、国家は企業運営に失敗した。1980年代にボリビアが、そのごチリ、アルゼンチン、ブラジル、ペルー、メキシコ等が市場経済に移行し、そのショック療法は成功している(とみたのは1998年時点。その後は、インフレや高い失業率に苦しむ。この章が典型なのだが、政治体制に対する評価や批判がない。ピノチェトは政治的には独裁で、経済的にはネオリベだった。本書では後者にフォーカスすることで、前者の問題を隠している。これらの国が市場経済に移行するにあたっては、国民や市民の民主化運動があって、それに後押しされた政権が市場経済に移行している。そこを無かったことにするのは、本書の欠点。)

第10章 市場行きの切符――共産主義後の旅路 ・・・ 圧縮された東欧革命。国家の計画経済は不合理でビジネス評価の指標がなく、軍事を除くすべての産業が停滞していた。物資不足とインフレで計画経済は破綻していた。1989年の政治革命のあとに、それぞれの国が市場経済に急速に転換するショック療法を実行した。東欧諸国はまずまずの成果を出したが、ソ連は移行に苦しみ、ハイパーインフレが起きた。国家資産の私物化が起きて、マフィア資本主義と呼ばれたりもした。
(紆余曲折はあっても、東欧やロシアは市場経済に移行した。ところが政治体制は強い権威主義になったり極右や排外主義団体が政権をとったりするなどバックラッシュが起きている。EUの統合や協調の理念に対抗するかのような敵意をむき出しにする国家ができつつある。)

 

 ソ連、東欧、中国の政治や経済の変革はリアルタイムでみてきたので、それなりの見当がつく。なので本書に不満があるのは、消費者や市民の動向がほぼ無視されているところ。たとえば、外交官時代の佐藤優市場経済移行期のロシアに赴任していて、ルーブルが決済に使われないとか、記録的なインフレになっているとか、しかし市民の相互扶助ネットワークが生きていてどうにか暮らせているという思い出を書いている。そういう些細で重要なところがすっぽりと抜け落ちる。

 

2020/11/12 ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-2 1998年に続く