odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

湊かなえ「ユートピア」(集英社文庫)

 都会の人たちが田舎暮らしにあこがれる。その町のはずれには、芸術家が集まる一角があって、創作と販売の活動を行っていた。街の人々も緩く支援している。でも、何ごとかを起こすと波風がたつ。それも、かつて殺人事件が起こり、その犯人のひとりが逃亡していて、5年たった今街に戻っているかもしれないという噂が立つと。

太平洋を望む美しい景観の港町・鼻崎町。先祖代々からの住人と新たな入居者が混在するその町で生まれ育った久美香は、幼稚園の頃に交通事故に遭い、小学生になっても車椅子生活を送っている。一方、陶芸家のすみれは、久美香を広告塔に車椅子利用者を支援するブランドの立ち上げを思いつく。出だしは上々だったが、ある噂がネット上で流れ、徐々に歯車が狂い始め―。緊迫の心理ミステリー。

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 物語は3人の女性の視点で。いずれも都会暮らしから街に来た人たち。あるきっかけで、3人は障がい者支援の通販を開始する。順調に見えるかと思ったら、祭りの火事がきっかけで車椅子利用者が実は歩けるといううわさが立つ。結果、通販サイトは閉鎖。こどもらは学校と地域でいじめにあう。次第に強まる閉塞感。そこで起きるのは、子供らの誘拐事件。しかも陶芸家の工房では家事が起き、釜の下から過去の殺人事件の逃亡者の死体が発見される。
 読書の意欲をそがれるのは、3人の語り手が交互に変わるのだが、三人称による独白の文体が誰も同じで、今読んでいるのは誰の手記なのかわからない。キャラクターの職業や専攻、性格にあわせて文体を変えたり、キャラごとに別々の蘊蓄を語らせるくらいの芸があればなあ(そこは都筑道夫がきちんとやる)。
 他人を信用しないし、他人の言葉に大きく反応する語り手たちになかなか感情移入できなかった。これはジェンダーを異にする読み手だからだろう。むしろ小説内では後景にいる男たち(語り手の配偶者など)の無神経さ、デリカシーのなさのほうがよくわかったりする。なるほど、男はそのようなうっとうしさと甘えと暴力性をもっているとみられているのか。
 謎は現在の事件と過去の事件のからみかたにある。と同時にもうひとつの物語も進行しているのであって、そこはうまく隠していた。日本の社会の偏狭性や閉鎖性を書くのはうまい。噂やネットの書き込みで被害者が追い詰められていく過程は迫真的。俺としては、語り手たちが互いに疑心暗鬼になるのではなく、協力して対処するようになるのを希望するが、そこまでいかずに孤立するのはとても日本的な有り方だと思う。作者はこちらのネット被害には興味を持たないのかな。「日本」を浮き彫りにするテーマになると思うが。
 帯には「善意は悪意より恐ろしい」とあるが、テーマとどう関係しているのかわからない。むしろ車椅子利用者支援のブランドを作る際の組織が日本的無責任で運営されたほうが問題。物と金と人を使うプロジェクトでは、運営責任者が情報を公開するとか業務を分担しチェックしあうとかの公正性を入れなければならない。そこをいい加減にするところが問題なのだ。それは隠されたもう一つの物語でも同様。意識の持ち方ではなく、コミュニケーションや組織運営の方法に問題があった。なので帯のキャッチは夜郎自大で大げさなだけ。タイトルもそう。