odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

周木律「五覚堂の殺人」(講談社文庫)

 「堂」シリーズの第3作という。これを最初に読んだので、背景がよくわからない。たぶん沼四郎なる建築家がたてた奇妙な建物で独立した殺人事件がおきる。事件がおきると、善知鳥神(うとうかみ)という女性が十和田只人(ただひと)というエルデシュポール・ホフマン「放浪の天才数学者エルデシュ」(草思社文庫)をモデルにしたらしい放浪の変人数学者を呼び出して、謎解きをさせる。事件には宮司兄妹が捜査にあたるか関係者になっている。これらのシリーズキャラクターが、藤衛だか沼四郎だかの巨悪の計画に対決している、らしい。個々の事件の背後で謎の組織か個人かが計画するのを少数のチームないし個人が対抗するというのは、笠井潔の矢吹駆シリーズにもあるが、「堂」シリーズでは謎の計画に思想がないので、興味がわかないなあ。スペクターやショッカーみたいなものか。でも、世界征服を目指す結社が活躍できるほどの経済力はこの国になさそうだし。

f:id:odd_hatch:20201224094114p:plain

 さて、今回の舞台は山奥の辺鄙な場所にある五角形の建物を組み合わせた建物。その持ち主が死亡して、遺産相続のために親族(三兄弟とその家族)が集まる。遺言の奇妙なのは30時間その建物からの外出は不可、外部との連絡不可という条件。集まった11人は手荷物を管理人の弁護士に預け、巨大な礼拝堂に個室も与えられずに軟禁状態になる。そして、すぐさま2人が小礼拝室で殺され、深夜に3人が別の礼拝室で殺される。いずれも密室。出入り不可。加えて第二の事件の際に、人魂が目撃され、壁が鳴るラップ音が聞こえた。これらの事件は室内のカメラで録画され、現場にいなかった十和田や宮司に資料として善知鳥から提供される。また重要なヒントとして「回転する」が与えられる。
 2014年初出で、文庫化された2017年に改訂されたという。自分が読んだものでは最近の作になるが、思いは戦前の本格探偵小説にむかう。すなわち小酒井不木「疑問の黒枠」浜尾四郎「殺人鬼」「鉄鎖殺人事件」蒼井雄「船富家の惨劇」岡田鯱彦「樹海の殺人」など。本書はこういう古いタイプの探偵小説に近しい。そういうのが21世紀にいまだに残っていることに複雑な思いが去来。若い読者はこういう100年前のストーリーが新鮮に思うのかとか、昭和30年代の日本のミステリーは意欲的な実験作がたくさんあったがその成果はどこにいったのだろうとか。

 

  小説の味付けのために、フラクタルの意匠がたくさん登場。メンガースポンジ、マンデルブロート集合、コッホ曲線、ヒルベルトカーブ、エッシャーの双曲空間、J.S.バッハの「フーガの技法」。共通するキーワードは自己相似。これらの数学や音楽、美術から共通性のある話題を集めるのは大変に思えるが、一冊読んでおけばよい。すなわち、ダグラス・ホフスタッター「ゲーデルエッシャー・バッハ」(白楊社)。この分厚い一冊に上の意匠は全部載っている。1980年代のポストモダンで自己相似や自己言及、フラクタル(加えてカオス)は話題になったなあ。たくさんの日本人評論家もいろいろ言及していたなあ。作者も同時期に読んでいたのかな、とちょっと親近感。「マンデルブロート」と当時の呼び方を踏襲しているところから推理してみた(今は「マンデルブロー」表記が一般的らしい)。 

(と胸を張ろうとしたら、巻末の参考文献にちゃんと載っていました。)