odd_hatchの読書ノート

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隅谷三喜男「日本の歴史22 大日本帝国の試練」(中公文庫)-2

2021/03/25 隅谷三喜男「日本の歴史22 大日本帝国の試練」(中公文庫)-1  の続き

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 明治維新のあと、絶対君主国家を作りたいと思う士族グループ(藩閥)は、工業化を目指すが、そのための資金がない。そこで国民の大多数である農民から税金を取り上げて、工業とインフラ整備に投資する。かなり多くが軍備拡充に充てられたので、産業資本の拡大は遅々として進まない。それでも日清戦争の賠償金をてこにして、工業化は進行する。その結果、農村の余剰人口が都市の工場労働者やインフラ整備の労働者となる。くわえて義務教育(明治10年代には小学校建設に反対運動が起きた)が定着して、労働者の識字能力や知識が高まる。
 労働者の作業と居住環境は劣悪で低賃金であった。若くして病死するものや労働災害の志望者が多数でた。企業や資本はほとんどなにもせず、労働者を使い捨てにしたので、労働改善運動がおき、19世紀末から日本に流入した社会主義運動の影響などもあって労働組合が結成される。当然それは国家と資本が弾圧することになる。それには1900年の治安警察法施行が有効に働いた。また、日露戦争後に在郷軍人会や青年団が結成され、国家の治安維持に使える人々の組織化が始まる。
 ただ、日露戦争が日本の「勝利」とされたので(実際は休戦締結と見た方がよい)、日本は明治維新以来の、大日本帝国憲法発布以来の国家目標である「富国強兵」を達成してしまった(国は富み強くなったが民が貧しいという実情は糊塗される)。そのあとの国家ビジョンを持てなかったために、次の成長や発展のモチベーションを失った状態になった。それはリベラルや社会主義者労働組合関係者でも同じで、戦争の高揚と激しい弾圧で目標を喪失する。行動目標の喪失は内面や自我問題を重視するようになった。そのときに企業や国家がとったのは温情的家族主義を生活や労働のなかに定着すること。それまでの強い父への忠と孝を要求する代わりに、国を家の拡大したものとして家への忠誠を要求した。なので、上司や上官は温情ある「父」であるというシステムに変えた。このような温情的家族主義はまず軍隊で実践され、次第に企業に浸透していく。あわせてそれらのシステムで立身出世する道筋が作られ、実際に成功者がでるようになる。それを喧伝することによって、「末は博士か大臣か」「故郷に錦を飾る」という温情ある父の期待に子たる国民が応えるロールモデルが作られた(思い合わせば、この時代の青年は「海外雄飛」したが、それ以前の青年の留学とは異なりにたんに国外にでて成功して帰るという明確な目的のないものだった。そこにこの成功モデルの反映があるだろう。その例は前田光世。)世の中が温情的家族主義で満ちるようになると、強い自由主義者は窮屈になる。その代表ともいえる文学者はあらたなテーマとして家と個人の相克を見出した。漱石、鴎外、それに藤村らの自然主義者は日露戦争後にこのテーマの小説をたくさん書く。その桎梏の苦悩の中で「自我」や「内面」を見出していった(日本文学のテーマは自我だといわれることがあるが、そのテーマは文学者が自立して考え出したものではなく、社会の要請による変化に対応する過程で見出したもの、外から与えられたものだった。柄谷行人日本近代文学の起源」を参照。この本は1880-90年代を取り上げているので、漱石や鴎外のことはあまり書かれていない。)
 この温情駅家族主義のトップには天皇がいる。1890年ころの御真影配布から天皇は国民から隠されたものであった。それが求める天皇像と実際の天皇の情報にギャップが生じる。ギャップを埋める施策といえるのが、1911年の工場法制定。労働組合が要求していた業務時間の制限などを内容にするもの。下々の要求には答えないが、上からの恩情で施行することで、労働組合や救済組合運動に代わる機能を企業にもたらした。一方で、1910年に大逆事件を作り上げ、アナキスト、テロリストをとらえ即決で死刑にし、判決後1週間で処刑した。それは怖い、厳格な父のイメージを強化する働きになる。二年後の明治天皇の死と次代の天皇や皇太子からは挙動が写真、映画で目に見えるようにし、軍の統率者でありかつ慈愛満ちる父のイメージが付与されるようになる。
 こうしてみると、近代日本の風習や社会規範、習俗の多くは明治30年代から終わりまでの四半世紀に作られたことがわかる。運動会や結婚式場、唱歌などがこのころに作られた。伝統といわれることもふたを開けると、起源は最近であり、それを疑問に思わないくらいに定着すると、とても古いものに錯覚するようになるのだ。