2021/03/30 色川大吉「日本の歴史21 近代国家の出発」(中公文庫)-1 の続き
この時代に西洋諸国が日本に介入することが少なかったのは、ヨーロッパでの帝国主義競争が激しくなったため。英ロ、普仏の間に戦争があり、植民地での紛争も頻繁に起きていた。その結果、極東の島国に人と物資を派遣する余裕を失っていた。アメリカは国内投資がさかんであって(とくに鉄道)、海外に向ける視線は少ない。そのような僥倖があったので、日本の政治に対する注文があまりなかった。
そこで明らかになるのは、西洋への卑屈さとアジアへの差別であって、この時期にその後現在にまで通じる日本の「精神」が形成されたのであったとみるべきだと思う。典型的に表れているのは、憲法と教育勅語。ことに憲法には、「自主憲法」などとこれを称揚する連中もいるが、伊藤博文が明治14-15年にプロシャに滞在していた時に、勉強したことをつかい、伊藤と4人の政治家などが起草したものにすぎない。そこにはドイツ諸連邦憲法の影響が濃厚にある。議会の民主的運営に関する規定は起草時期にあった請願運動を受けて修正を加えている。近代国家では人権尊重がうたわれるものであるが、国家の危機にあっては制限が可能な条項になっているのは、この国の「近代化」は民主化の運動をへて実現されたものではなく、士族や貴族らによる開発独裁ににた仕組みで作られたからなのだろう。
(追記。このころ西洋諸国の民族国家は資本主義が国境を超えるようになり、市場の開拓を植民地に求める帝国主義になっていたのだが、日本には資本主義も民族もなかった。それらは西洋の輸入で作られたので、大日本帝国はできたときから帝国主義だし、ナショナリズムは反個人主義(ただし経済の自由のみ認める)・反民主主義・反社会主義として作られた。愛郷心とは無関係で、この国で「愛国心」を名乗ることは反民主主義・反社会主義(のちに反共産主義)であることとなった。大和魂だの撫子だの武士道などは後から追加された観念で、日本の愛国心の本質ではない。)
自由民権運動は運動開始から数年で弾圧され壊滅した。その結果を政府の側からみると、治安維持に成功したとでもいえるのであるが、多数の人々が路上にでて示威活動を行うことが政権や政府に大きな影響を与えられることを示している。小さな反響であったとしても、憲法の条文を変えるくらいまでのことはできるのだ。あるいは最初の選挙で、選挙人に制限があるなかで(定住する一定以上の税金支払いのある男子のみ)、大衆基盤のある政党を第一党にする結果をだした。最初の議会では政府の提案する法案をことごとく廃案にした。
ただ、政府や政権の反応は早い。新聞条例や集会条例などで直接弾圧できる根拠をつくり(のちの治安維持法につながる)、警察や憲兵による大衆の活動や生活の監視が常態になるようにし、翼賛政党を作り実業界の支援を取り付ける。そして憲法や教育勅語の制定で、大衆の活動に制限を付ける(加えると、ほぼ同時期に御真影、児童唱歌が作られる)。政権や政府が国民や大衆を監視・抑圧する仕組みと、その仕組みに批判や反抗を緒こなせないように従順になるよう内面化する教育や啓蒙が完成している。それは150年を経た21世紀の10年代においても持続している。
(むしろ明治10年代が21世紀の10年代に極似しているようで、とてもいやな気分になりながら読んでいた。1970-80年代に読んでいたら別の印象になっただろうに。)
明治10年代は若者たちの政治の季節だった。民主主義や自由主義を考える端緒になった。なので、この時代の文芸家(士族出身者が中心)がは政治家でもある。むしろ政治家が文筆に励んだといえる(なので、この時代には政治小説が書かれ、読まれた)。大衆に伝える必要から新しい文体が必要になり、言文一致運動が起きた(柄谷行人「日本近代文学の起源」などによると、官製の運動でもあったらしいが)。それが政治において挫折すると(その逡巡において「転向」「文学と政治」問題が語られる)、明治20年代には文芸は専門家が行うもの(豪農出身者、都会の高給サラリーマンが中心)になる。政治家と文芸家は発表の場所を変え、相互の交流が途絶えるようになる。知識人階級が生まれ、東京に集中する。そのあと20世紀になると、農民層も文芸家に加わるようになり、知識人を支える階層が拡大し拡散していく。そこにおいて知識人の役割もまた変わっていく。
(こういう変化は、18世紀イギリスや19世紀前半のフランス、半ば以降のロシアでみられたのであるが、きわめてよく似た過程をこの国でも経てきたことに驚いた。上のような視点で明治10-20年代の小説を読んでみたいと思うが、言文一致の前の漢文読み下し文や候文で書かれているので、ちょっと手ごわい。そういう文体の断絶が自由民権運動や政治小説の継承につながらなかったのだろうな。)
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