徳川幕府をクーデターで打倒した下級武士連中。「明治維新」と御大層な名代をあげたが、さっそく二派に分裂して、永久革命志向の西郷派を弾圧、殲滅する。それと同時に、「維新」の元勲として大政治家であった大久保、桂が死去して、リーダーを失ったのであるが、幕府打倒10年を経過したときには、<システム>@カレル・ヴァン・ウォルフレンができているのであって、個々の政治家の思惑や影響力だけで物事が決まるようにはなっていない。<システム>のなかには複数のグループがあって、相互に牽制しあいながら覇権をとろうとするが、独裁者は立てず、なにより<システム>の外のできごとには全体が一致して弾圧するのだ。
とりあえず政府の目論見は、開明的な絶対主義君主制にすること。上からの資本主義化を進め、軍隊を強化すること。それをするには、西南戦争で金を使い果たしていたうえ、海外貿易の赤字によってインフレが進行(何しろ輸出できるのは茶に絹くらいで輸入過多だった。そのうえ関税権を持たないので保護貿易政策も取れない)。結局、税収を増やすことが唯一の政策であり、すなわち国民(人権が確立していないときにそう呼んでよいのか)の大多数から収奪することになる。あるいは松方緊縮財政(貨幣流通量を減らすことによるデフレ政策)は、国家財政を安定させたが、納税が物納から金納になったので、納税者は大迷惑。そうでなくとも明治政府になってから税率は上昇していたのだ。
1860年代の「明治維新」は武士階級にとって、世界に目覚める機会であったが、それ以外の大衆が世界に目を向ける機会になったのが、西南戦争が終わってからの明治10年代。それまでに、モンテスキュー、ルソー、スペンサー、ミルなどの著作が翻訳されていて、都会の士族や田舎の豪農層は読みだしていた。そして近隣の人々を集め勉強会を開き、雑誌を作る。そうして各地に国会開設を要求する運動を開始した。集会を開き、各地の運動と連絡を取り、憲法の私案をつくる。都市では板垣や後藤らが自由党をつくり、はじめて大衆を支持基盤にする政党が誕生する。同時にあったのは、租税反対や飢餓・一家離散を救援する大衆運動。おりから都市では伝染病が広がって多数の病死者をだしていたし、上記の松方緊縮財政によって破産した自作農も多数いた。この二つの運動が重なることはなかったが、前者の自由民権運動は加波山事件、後者の困民救済運動は秩父事件という大騒擾事件を起こす。
2021/03/26 井上幸治「秩父事件」(中公新書) 1968年
すなわち、自由民権運動の高まりは政府にきわめて危機感をもたせ、国会開設を数年後に実行するという妥協を余儀なくされていたのであり、その結果集会条例や新聞条例などの人権抑圧の法律を使って、大衆運動に大弾圧を加えたのだった。大衆を嫌悪し、しかし恐怖するということでは政争に明け暮れる政治家や官僚を一致させ、大衆への憎悪は暴力となってしめされるのである。そのうえ、地方の豪農層を懐柔して政権支持の基盤にするように、切り崩し工作を警察や憲兵が行うのであって、明治政府の大衆嫌悪や憎悪の体質はこの時代に生まれていたとみるべきだろう。
2012/09/21 色川大吉「自由民権」(岩波新書)
このような内向きの暴力は自由民権運動に向けられただけではなく、北海道開拓を名目にしたアイヌへの大弾圧があり、囚人の強制労働を使った公共インフラ作りである(この囚人には自由民権運動で逮捕された政治囚が含まれていた)。さらにはその憎悪は朝鮮半島にもむけられ、封建社会が継続していたとはいえ、過去に政治的に無縁であった王朝に軍隊を派遣して、クーデターを演出するという非人道的な政策をとっていた。ここに、今日にまで続く日本人の他民族差別の源流をみることができ、日本人のヘイトはきわめて根深いことに気付くのである。その一方で、西洋人には卑屈であり、条約改正も遅々と勧められないという体たらくを示してもいる。
2017/05/25 海野福寿「韓国併合」(岩波新書)
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2021/03/29 色川大吉「日本の歴史21 近代国家の出発」(中公文庫)-2 に続く