odd_hatchの読書ノート

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井上清「日本の歴史20 明治維新」(中公文庫)-1

  本書では、大政奉還から西南の役までの10年間を扱う。通常、映画やドラマで「明治維新」を扱うときは大政奉還までで、「封建制力による人民の圧政を主に西国の士族が打倒(ここで「革命」は使わない)した」で終わりにする。しかし、歴史はとどまらないのであって、その後も続く。

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 おおざっぱにまとめると、明治初年から10年までは宮廷クーデターが暴力変革に転化し、天皇制官僚による独裁政府になった。士族や志士の行動はあったとはいえ、政治を動かしていたのは大名と公家。宮廷クーデターは大政奉還まで。その後、内乱があり、幕府側の旧体制が総崩れになって、明治政府が誕生する。当初は大名・公家・士族の相乗りであったが、実務を担当する士族と官僚に権力が映る。大名や公家の権力は廃藩置県でほぼなくなる(彼らがよりどころとする藩や宮廷は財政不足で破綻。借金を明治政府が肩代わりすることで藩を自主的につぶすところが続出)。山内容堂徳川慶喜などの大名が消えた理由がここ。家や個人に明治政府が高禄をだしたので、政治の熱情が消えたのだろう。
 打倒江戸幕府のときには、五条誓文などに公儀や人材登用などの共和主義や自由主義の主張があったが、官僚独裁が進行している中で、すっかり放棄される。「明治維新」を革命といえないのは、当事者たちに人民や民衆解放、議会制共和主義などの意図がなく、理想実現に情熱をもっていなかったところにある。儒教の人民救済や徳の治世をやりそうな大名が政府に関与しなかった(徳川慶喜勝海舟みたいに世を拗ねていたのだ)。維新の元勲という人たち(明治維新のフィクションの人気者)も、士族出身の官僚か士族そのものの独裁政体までの構想しかない。公家にしろ士族にしろ、大衆や民衆を愚昧を規定して、蔑視・嫌悪していて、一切信用していない。なので、地租改正や徴兵制、義務教育制などの「改革」に対する民衆の抗議(一揆、打ちこわし、請願など)を暴力的に弾圧していった。一方で、大名や士族には反抗的であったも寛大な処置ですます(貧乏人は除く)。政治家や官僚の民衆嫌悪は、21世紀になってもみられるのだが、その根っこはここからあった(俺は自由民権運動の弾圧から帝国憲法発布までに醸成された精神かと思っていた)。
 もう一つの特徴は、祭政一致を目指していたこと。廃仏毀釈その他で神社神道を普及させ、国教化を図る。もともと討幕運動が国学の影響を受けていたのがひとつの理由。これは本書には指摘されていなかったが、幕府は寺に農村住民を集約する機能を持たせていたので、寺を破壊することで、民衆のつながりや集まりを解体するようにしむけたのだろう。廃藩置県のあと、県は集約されて大きくなっていった。これも藩の自治機能を弱め、藩への帰属意識を薄める効果をねらったのだろう。土地への帰属意識自治組織が乖離して、県からの要求(県知事は中央からの派遣)に抵抗しにくいように(分断しやすいように)した。

 

2021/04/02 井上清「日本の歴史20 明治維新」(中公文庫)-2 に続く