odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

小西四郎「日本の歴史19 開国と攘夷」(中公文庫) 帝国主義に対抗できない幕府に失望した下級武士は過激化する。一般庶民はほぼ無関心。

 ご他聞にもれず俺もまた司馬遼太郎「竜馬が行く」で明治維新にかぶれたのであって、17-18歳の時に明治維新に関連する小説・新書を数十冊読んでいたのである。奇妙なことに、他の作家や歴史家の本を読むほどに、明治維新は「竜馬が行く」とは別の様相を示してくる。齟齬を上手くまとめることができないまま離れ、また読むを繰り返してきて今に至る。

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 このところ明治維新の評価や描き方も、1980年までの教科書や小説とは違ってきていて、そちらのほうがどうも全体を説明できていると思えるようになった。ようするに「維新」と御大層な命名をしているのだが、「革命」には程遠く(中国での意味でも、西洋での意味でも)、「政権の転覆」というには在野の集団に明確な理念がなく、政治学のどの概念にもあてはまらないような中途半端な出来事だったようだ。あわせて、與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)を読んだのであるが、そこには明治維新は「安っぽい」と書かれていて、そのとおりと膝を打った(比喩)のである。
柄谷行人「『理』の批判@言葉と悲劇」講談社学術文庫によると、明治維新の訳語は「レストレーション」で、回復・復興・再興の意。)
 そこで俺的な図式(妄想)を描いてみよう。
 1600年から数十年でこの国は「封建制」という仕組みを作った。土地を小さく分割して、農民―庄屋―代官―殿様のヒエラルキーをつくって、集団に特権を与えるからうまくやれ(代わりに個人は監視抑圧するよ)、というやり方(すごい強引なまとめ)。水田が開墾され、人口が増加して、経済が成長する。このやり方の欠点は、人口の流動性が低くイノベーションが起きないことと、新規に開墾する土地が無くなって経済成長がストップしたとき過剰な人口を若者の失業と野垂れ死にで調節したこと。そのうえ、家禄を固定化したのでインフレが進むにつれて、非生産階級の武士がどんどん困窮していった。そこに外圧がかかって貿易の自由を認めたら、金銀の交換レートに内外差があり、安くて高品質の国産品が輸出されたために、インフレが進行して、国内の物資不足が起きる。
(19世紀からの外圧というが、英米ロシアは自由貿易居留地建設くらいが目的で、インドや中国でやったような武力占領と植民地化は考えていない。農業生産性が低く直接統治では収益が見込めないことと、テロが横行していて治安が悪いことあたりが理由。明治維新で開国しても家族や集団で移住してきた西洋人はきわめて少ない。それだけ魅力のない危険な場所だったというわけだ。しかし、たった4杯の上喜撰で眠れなくなるほど、この国の人はセンシティブに反応した。)
 すでに困窮していた武士(とくに中間層から下)がさらに困り、行き詰まり、このままでは生きていけないと蜂起した。最初に、中間階級の武士(水戸と長州と薩摩に多い)は、復古(幕府のグローバル化政策に反対してブロック経済にもどせ)と身分制を強化した専制(朝廷の権威で自分らを正当化するのと、新たな君主の擁立)とテロリズム(わが肉体を持って敵に打撃を与えるというやつ)で決起。初期の主流はこれだったが、1864年禁門の変あたりまでに殲滅される。まあ、凶器と狂気のテロリストが国内外の要人を殺しまくるのだからね。そのうえテロリストに対抗するために殺人許可証を持たせたSWATみたいな新撰組という田舎者が用意されて、ますます治安は悪化(なので、この血なまぐさい時代にロマンスを感じるとか、当時の大立者である吉田松陰高杉晋作久坂玄瑞武市半平太新撰組の連中などに共感するとかのセンスが理解できない)。
 そういう連中が掃討された後、次に出てきたのは下級武士。こちらは経済的にはより過激なグローバル化の推進を要求し、政治的には身分制を廃した官僚制を提唱した。中間武士の過激な復古グループが一掃されたので上級武士は彼らと手を組む(藩の経済を預かる側からすると、幕府が介在しない直接貿易は利益が上がるとみた)。その結果、合法的に軍隊を使って威圧できるようになる。実質賃金の減少とインフレで困窮している彼らからすると、封建破壊の経済と政治システムの巻き戻しでは利益の配分が少ないからだろう。自由経済での機会の平等と実力・競争主義は彼らには魅力的だったはず(竜馬の海援隊とか、維新後の岩崎弥太郎の転身とかを想起)。ちなみに、選挙制には賛成しても、英米国民主権や民主主義や基本的人権の尊重にはほぼ無関心。
 庶民や大衆はどうしていたかというと、全人口の1%に過ぎない武士のこのような覇権闘争にほとんど関心を持たない。羽仁五郎井上清らは庶民、民衆の力で討幕ができたとしたいのだが、どうもそれは無理筋。マルクス的な理念にしても、中国の易姓革命にしても、政治権力や社会のシステムの変更を構想した庶民や大衆はいないのではないか。百姓一揆をしても、藩は農民も自分らも傷つかない解決をすることができなくなっていた。地元の権利が他国に侵害された対馬では反対運動が起きても、ほかの土地では傍観の姿勢。できるのは、「ええじゃないか」と踊り狂いながら、庄屋や商人の屋敷を襲うこと。権力や権威に対する不満の解放を見なすもよし、アナーキー状態を現出した略奪するとみてもよし。

 大政奉還で政権委譲された新政権は下級武士の考えを反映している。貿易の自由化、貨幣経済への移行、教育への投資、廃仏毀釈などは徳川幕府の政策の裏返しで、自由主義化をめざすもの。あと彼らを震撼させた「西洋」を導入。技術、工業、法治主義などを優先し、人権や議会制民主主義はあとまわし。そのうえこいつらは民衆、庶民を一切信用していないし支持されてもいないので、彼らへの政策は幕府の政策よりも熾烈なものになる。税制とか徴兵制とか。この政変に乗り遅れて不満をもったり、中間武士の志士が掲げた復古と専制を信奉するグループが残っていたが、西南戦争までに殲滅される。めでたく経済のグローバル化と政治の官僚制を達成し(この時代に基礎教育を受けた連中が日露戦争の実務を担当)、江戸時代の封建制と切れたはずだったが、さまざまなところのバックラッシュが政府に突き付けられて、憲法発布のころにはイエやムラの利権を回復する江戸時代化に戻る(この時代に基礎教育を受けた連中が東アジアの植民地化と日中戦争を画策し実行する)。
 庶民、大衆階層による政治権力や社会のシステムの変更構想は、1880年代の自由民権運動あたりから開始。知識の普及と組織化にタイムラグがあった。そのころには下級武士層の構想した官僚制が機能していて、運動はつぶされる。1930年代の治安維持法による弾圧でいったん壊滅する。
 たぶんに與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)に影響されたまとめになった(なにしろ読み終えた直後に、この「開国と攘夷」をよんだのだからね)。「維新」は命名の勇ましさや格調高さのわりには内実はずいぶんお寒い「コップの中の嵐」だったと思う。革命のロマンスは、フランスやロシアやキューバのほうでより感じられるのではないかな。自分はアメリカ革命(独立戦争)に興味津々。そのかわり、今後は明治維新の本はよほどのことがない限り読まないだろうと思う。司馬遼太郎明治維新を題材にした小説、「竜馬が行く」も「峠」も「翔ぶが如く」も「花神」も・・・、すでに手元にはない。

 

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