odd_hatchの読書ノート

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埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)「第二章 《死の理論》」-2

2021/07/06 埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)「第二章 《死の理論》」-1 1948年の続き

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  三輪家と津田家は300年間の付き合いがある古い家。

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最近になっての出来事で重要なのは、高志や与志の父である広志と津田康造が子供時代からの知り合いであること。広志は政界へ、康造は警視総監へと道は異なるが付き合いはある(さすがと利益相反に違反することはやってないだろう)。この広志(すでに死亡)は好色な男で、婦人問題のスキャンダルを何度も起こしている(兄弟の秘密が暴露される際の伏線)。しかし政治的寝技やらなんやらで切り抜け政界に地位を築いている。この男もまた存在を考えていて

「もし同一瞬間に同一空間を二物が占有し得るようになれば――つまり謂わば永遠の大調和ともいうべきこの平和な夢想がなんらかの方法でこの世界に充たされ得れば、僕は一日一悪を自分の使命ときめこむ悪徳政治家などに決してならないだろう(P152)」

 この宇宙の物理法則に反する事態を言い訳にして、一日一悪を実践しようとするニヒリスト。舌先から生まれてきたような饒舌で脱臼した論理で相手をけむにまく詐欺師的なやりて。なるほど、首猛夫の饒舌の見本はここにあったか。凄みを聞かせた悪の論理を聞きたいところだが(ワルコフスキー公爵@虐げられし人々あたり)、見せ場はすくないまま退場。残念。
 与志は地方の高等学校に入学していたが、18歳の夏に帰省したとき、13歳くらいの美しい少女と出会う。少女は突然卒倒。それが二人の出会いで、少女である安寿子は即座に与志との結婚を決意する。親の称賛するところとなり、いいなずけになったのものの、安寿子の母の津田夫人(彼女と与志の母の二人は名が明かされない)は気が気でない。三輪家のだれもが得たいの知れない人物であり、夫人は三輪家を「化け物屋敷」と喝破する(第一章の幽霊談義をおもいだすこと)。その与志はこどものとき食事を受け付けなくなった。蛸の触感に耐えられない不快を感じたため。以来、与志は

「俺は俺だと荒々しくいい切りたいのだ.そして、いいきってしまえば、この責苦。(P162)」

と存在を懐疑する。そして無限の寂寥感を背負って、瞑想にふけり、孤独で友人のいない暮らしを続けている。存在を気に入らないとしても、存在は絶えずつきまとうのであり、彼のやっていることは「無限の遁走(P166)」と自覚。その遁走にあることが自由であると感じる。安寿子との縁談を受け入れたのは、卒倒した安寿子を夫人の依頼で膝に抱いたためであるが、そのようなことができた自分に驚いている。彼女の身体のが青白くてはかなげであるというのができた理由か(当時は肺病やみあるいは不健康そうに見えるのが美しいとされ、そのような美意識を持つのがインテリとされた)。
 存在に不快を感じるとなると、それは必然的に肉体を嫌悪し、肉体を持つ他者の嫌悪につながる。そのような観念の進化を与志も繰り返す。なので、彼は己の肉体に無関心であるし、どうように他人を無視している。彼に関心を向ける者には、ときに言葉を向けるがそうでなければ口を開かない。与志の寡黙は瞑想癖があるが、同時に他者嫌悪に由来しているのである。さらには大衆嫌悪にまで進むことになり、肉体嫌悪・退社嫌悪・大衆嫌悪の化身となった高志が肉体によって復讐されている(というのは第五章の主題)。

     

    

 

2021/07/02 埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)「第二章 《死の理論》」-3 1948年に続く