odd_hatchの読書ノート

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パーシヴァル・ワイルド「検死審問ふたたび」(創元推理文庫)

 おお、面白かった。さて、感想を書こうかとおもって、前作のエントリーをみてみたら、すでに言いたいことが書いてある。これは困った。
パーシヴァル・ワイルド「検死審問」(創元推理文庫)

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 コネティカットの田舎町トーントンのさらに町はずれにある古い家を都会の三文作家が買った。仕事のためにプライバシーが必要だというのだが、気難しく人嫌いの作家はさっそく隣家といさかいを起こす。しばらくして作家の家で火事が起こる。隣家のものが駆け付けると、燃えさかる炎の中に、作家の姿を見つける。消防隊も来るが、乾季で水がない。家が燃え尽きるのを待つしかない。焼け跡からは一体分の人骨が見つかり、入れ歯の鑑定で作家のもであるのがわかった。
 この事件の検死審問をするのが前回と同じ検死官のスローカム。日当や証言記録を多くとるために、相次ぐ脱線をとめないし、時間額ればすぐに翌日に回すというあこぎな(しかしまっとうな考えを持っている)男。やるきのない陪審員や正義を貫こうとする謹厳実直な陪審長をいろいろなだめたり、はっぱをかけたりしながら検死審問を続ける。
 あきらかになるのは、以前この村では同じような手口の火事が続発していて、そのときに容疑をかけられた少年が成功して隠密にもどり、事件の周囲を探っていたこと。作家は家に保険もかけず、隣人とはいっさいの交流を断とうとしていたこと。離婚した前妻には、小説の売り上げの3分の1を支払う契約をしていて、いくら書いても金が出ていく。最近、別の女性と出会い結婚していたこと。火事現場からは無線の残骸と導線が発見されていたこと。陪審長は家の周囲を探る不審者を求めて、審問中に実地検分にでかけ、証言記録に詳細な注釈をつけている。
 という状況は一度にはわからず、数名の証言者の記録から読み取らなければならない。通常の訊問とは違って、証言では陪審員が途中で口をはさむことがないので、証言は脱線に次ぐ脱線。家のセールスマンは営業の極意を語りたがり、隣人の菌類学者はトーントンに生えるキノコの蘊蓄を延々と語り、作家の前妻は上流階級でちやほやされる自分を誇るのに熱心で、ギリシャ語やラテン語教師だった陪審長は故事や古語の蘊蓄を語ってばかり。証言からうかびあがる作家も、気難しい付き合いにくい男。事件の関係者はそろって、はた目からすると他人に迷惑をかけてばかりだが、まったく気づいていない人たち。付き合うには面倒でしかたがないが、遠目では滑稽で、迷惑を許しても構ないと思わせる。読者のまわりにもそういうひとたちはたくさんいそうで、エキセントリックな証言なのだが、浮かび上がる人間像はリアル。ときにこいつは俺だあと、赤面したくなるようなシーンもある。ファンタジックでほのぼのとした小説なのに、人物は妙になまなましい。そこがよい。前作「検死審問」と併せて読まれたし。もっと読みたいが2作だけ。もったいない。
 真相ではうまく「犯人」を隠していた。この隠れ方はなかなかうまい(火事そのものはシンプル)。凡庸で不熱心にみえるスローカムが、実は公正や正義の実現を目指しているところがアメリカ的。草の根民主主義で、共和主義を実行している。
小林正弥「サンデルの政治哲学」(平凡社新書)-2 

 作家は大量の短編を書いて雑誌に送って売っていた。1920-30年代のパルプマガジンの流行は長編を書かず短編だけで生計を立てられる作家を生むようになった。ハメット、ラブクラフトがその嚆矢で、初出1942年にはアイリッシュ、ブラウン、ハインラインらが若手として活躍中。前妻はコーラスガールでブロードウェイに登場。アメリカ西部では映画よりも舞台のほうが成功のチャンスが大きかったのだろう。アイリッシュ暁の死線」1944、マクロイ「家蠅とカナリア」1942、ちょっと前のクイーン「ローマ帽子の謎」1929など。
 どうも、謎解きより、社会学的な発見をするほうに注意が向いてしまう。