odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ロバート・マキャモン「ナイトボート」(角川文庫) ゾンビ映画と「Uボート」を合体した長編第3作。習作だがここから飛躍した。

 マキャモンの出版第3作長編(書かれたのは2番目)。

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 カリブ海のコキーナ島。戦時中は造船と修理で儲かったものだが、今(1970年代後半)は仕事がない。観光客も来ない。心に傷を負ったアメリカ人がつぶれそうなホテルを居抜きで買って経営しているが、心は晴れない。あるとき、ふだん行かない環礁にダイビングにいき、なにか硬いものを掘り起こす。それは爆雷の信管。慌てて浮上すると爆音のあと、古い潜水艦が浮かんできた。それから、船の修理に必要な部材が大量に盗まれ、コキーナ島の住民が日々殺されていく。何が起きたか把握しているのはヴードゥー教の「導師」とカリブ族メンバーだけらしい。
 この後の充実からすると、凡百なできばえ。1980年初出当時を振り返れば、直前から流行りだしたゾンビ映画他のホラーとドイツ映画「Uボート」の合作であると知れる。そこで、物語を楽しむ代わりに、マキャモンの小説技法に関心を向ける。
 そうすると、まずキャラクターの設定がよくあるタイプだ。危機に対処する勇気を持つのは、上記の心に傷持つ中年白人、地元の警察署長、気の強い女性科学者。犠牲になるのは、最初は貧乏で怖いもの知らずの余所者の白人で、過去を知るのは異教徒の「導師」と潜水艦の唯一の乗組員だった老人。アメリカのB級アクション、ホラー、SF映画の配役を思い出せば、それぞれの役割がよくわかる。心に傷持つ白人は父との確執に加え、家族との別離に原因があり、その克服が冒険に参加する理由となる。これはのちの「アッシャー家の弔鐘」や「遥か南へ」などで繰り返されるテーマとはいえ、ここでは付けたし程度。くわえて、白人女性科学者やカリブ族へのまなざしが白人優位・男性優位であることに気づくと、「スワン・ソング」「少年時代」のような平等・多様性主義にはほど遠い。
 小説は起承転結の4部構成。起は危機のきっかけと予言(全体状況と主人公への個人的なもののふたつがでてくる)。承は最初の危害と関係者の否定、物語が行き詰まりそうになるので新キャラ(女性科学者)が登場。転でさらなる危害と原因判明、ようやく危機に立ち向かう決意が生まれ、結で最終決戦。40年前の老朽艦とはいえUボート対古い漁船という圧倒的に不利な状況で、しかも嵐の中というクライマックス。各パートは8-10の章に分かれていてほぼ等分。きわめてエンターテインメントの教科書的な構成になっている。
 とはいえ、本書の弱点は危機に立ち向かうクルー集めが拙速なことで、途中で失敗していないしグループ内の葛藤が起こらないので、彼らに共感がわきにくい。危機に立ち向かう決意を示したところで残りページが90ページもないので、最終決戦でカタルシスを得るには十分なテキスト量がなかった。「奴らは乾いている」以降はクルーが集まった後、その後の結だけで全体の半分という膨大な文字数をあてた。まあ老朽潜水艦と民間人の対決では、いまある形以上の文字を費やすのは困難だろう。
 それより残念なのは、これらの中状況を支える大状況の葛藤、マキャモンで悪と愛の対立、がなかったことだ。悪はナチスの亡霊で、窒息死の中で芽生えた復讐心ということでは、暴力を辞さない愛の側を応援する気持ちがわかない。この後は吸血鬼、地霊、宇宙生物などの圧倒的な強さをもつ悪を想像することで、ここを克服していった。
 というわけで、さまざまな不備がある習作であるが、この後の作品を読んでから読み直すと、後の作品にでてくるモチーフが本書に詰め込まれているのを見つけられる。なるほど、ここを出発点として更なる高みを目指したのだった。(修練は大ベストセラーを生んだので、重畳重畳。)

 

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