odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

塩川伸明「民族とネイション」(岩波新書)-1

 ヘイトスピーチや民族差別、人種差別の勉強をしていると、民族とナショナリズムがとても重要であると気付く。近代史を読む際に、民族とナショナリズムの視点をもつことで、意味や見え方ががらっと変わる。ファシズムやボリシェヴィズムの全体主義を考えるときにも、この視点は有効(川崎修「ハンナ・アレント講談社学術文庫)。そこで、手軽な新書で勉強することにする。初出は2008年。

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第1章 概念と用語法 ・・・ エスニシティ・民族・国民の違い。エスニシティは、血縁・言語・宗教・文化・習慣などを共有している仲間。民族はエスニシティをベースに国を作るべきという意識を持つ集団。国民は国家の正当な構成員。ととりあえずいえる。それぞれにはずれや違いがあり、重層的。これらの区切りは恣意的であるが、いったんできると固定的になる。ことに国民国家ができると。むしろ国民国家ができてからエスニシティのベースが独自性を持って作られるとも言える(ことに言語)。ナショナリズムの現れも、民族と国家の大小関係によって、分離独立・統一・統合と排斥・連帯のような活動になる。さらにパトリオティズムの区分もあいまいで多義的。最近の考えでは、民族は「つくられる」というのが一般的。
(通常この国ではエスニシティ・民族・国民は一致すると思われているが、それは日本の特殊事情によるもの。むしろそれは幻想であり、同化主義が強く押し付けられていると見たほうが良い。日本人を定義するのはネトウヨのような自称「愛国者」でも挫折するから。)

第2章 「国民国家」の登場 ・・・18世紀末から20世紀初頭までの国民国家誕生とナショナリズムの誕生について。フランス革命を端緒とするのは共通見解。興味深いのはナショナリズムができてから国民国家ができたのではないということ。革命前の第三身分(平民)が国民とされ、民族ではなく共和主義理念に賛同する人のあつまりができ、国民が民族の意味を持つようになった。フランスも複数言語からなるのだが、北フランスの文化的優位な集団の言葉が標準語になったように、啓蒙的発想で同化政策が行われた。他のヨーロッパ諸国をみても、 エスニシティ・民族・国民が一致するような国民国家ができたことはない。むしろ隣国に国民国家ができたことでカウンター・ナショナリズムが生まれて国民国家になるというケースもある。また近世までの帝国(オーストリア=ハンガリーオスマン、ロシア、中国など)は領土の広がりと他民族混成のために、国民意識の形成に苦労した。移民国家(アメリカ、カナダ、オーストラリアなど)も国民意識の形成は複雑。以上はおおよそ今日の先進国について。
(日本もまた特殊なケースといえるかも。日本の国民意識は明治政府による統一からといえる。重要なのは、その際に北海道と沖縄(当時の呼称は別)がロシアや清との関係で日本の属領にされたことと、天皇をトップとするヒエラルキーを正当化するのに神道が他宗教に超越する立場に置かれ、思想宗教上のヒエラルキーが作られた。国民国家形成と植民地帝国化がほぼ同時進行。その際、日本が世界の頂点であるといえず、西洋には遅れていて東アジアには保護者的立場をとるというアンビヴァレンツが起きた。大日本帝国では植民地の台湾・朝鮮その他も日本人とされて同化政策が推進される。日本単一民族観は植民地を切り離した戦後になって生まれた。)

 

 どうしてもネーションの誕生から国民国家の成立という流れをみたくなるのだが(高校の歴史教科書が民族自立による国家成立という物語で書かれているので)、どうやらそうではないらしい。民主制が早く成立し大英帝国やフランスですら、このようなストーリーにならない。失年していたがイギリスはずっと民族紛争を抱えている不安定な国民国家だった。これらは文化的優位な民族が多数を占めていたが、それ以外の中東欧や移民国家になると、地域や国家ごとの差異がありすぎる。そうなると、エスニシティ・民族・国民の違いを理論的に説明することはできないのだが、とりあえず使うのがよいだろう。
 生まれたところがそうなので、ここでは日本の注目することになる。国民統合の理念に神道が使われていて、権力と思想のヒエラルキーの基準になっているという指摘が面白かった。これまでは近代化西洋化でみていたので、宗教イデオロギーに重きを置いていなかったので。また自分がマジョリティであることから、日本のナショナリズムにばかり目が向いてしまう。北海道と沖縄のナショナリズムの形成は日本人とは異なる。さらには、台湾や朝鮮のような植民地のナショナリズムの形成も問題。これらは市民革命や内発的な近代化を体験しないまま、植民地になる。宗主国が現れ、その同化政策を押し付けられることでナショナリズムの意識が生まれてくるという指摘も重要。これらの国の近代史と重ね合わさないと、ナショナリズムはつかめないだろうなあ。小著で記述は簡便なのだが、読後に残された問題は大きい。

 

 

2021/11/18 塩川伸明「民族とネイション」(岩波新書)-2 2008年に続く