odd_hatchの読書ノート

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川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-3 「革命について」を読む。1950年まではアメリカ(とイギリス)が全体主義にならなかったのはなぜか。

2021/12/03 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-1 2014年
2021/12/02 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-2 2014年


 アーレントナチスを逃れてアメリカに移住する。永住権を得て、アメリカの大学で教鞭をとるなど、後半生の仕事はアメリカで行った。ヨーロッパにおいてはユダヤ人、アメリカにおいてはドイツ出身(かつ男社会において女性)というマイノリティにあるアーレントにはアメリカはどのように見えたか。

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第三章 アメリカという夢・アメリカという悪夢
アメリカとヨーロッパ ・・・ アメリカ(とイギリス)が特異なのは全体主義にならなかったこと。アーレント憲法などの自由の諸制度が機能していることと富があることがそうならなかった理由と考える。

2 『革命について』 ・・・ ここは邦訳を読んだのでサマリーは割愛。自由の諸制度には憲法などに定められた諸機関のほかに、市民の政治参加の自由があることが重要。アメリカ革命時に豊かさの不足や格差が問題にならなかったのは良かったが、富は政治的自由の精神を掘り崩したのはまずい。
(21世紀にはアメリカのトランプ、イギリスのジョンソンのような極右ポピュリストが政権を取る事態に至った。なぜかにはいろいろな理由がつけられそう。多民族化が進むとか、政党制が機能しなくなっているとか、大衆社会で人々の孤立化・アトム化が進み政治参加しにくくなったとか。)
2021/11/16 ハンナ・アーレント「革命について」(ちくま学芸文庫)-第1章革命の意味 1963年
2021/11/15 ハンナ・アーレント「革命について」(ちくま学芸文庫)-第2章社会問題 1963年
2021/11/12 ハンナ・アーレント「革命について」(ちくま学芸文庫)-第3章幸福の追求、第4章創設(1)自由の構成 1963年
2021/11/09 ハンナ・アーレント「革命について」(ちくま学芸文庫)-第6章革命的伝統とその失われた宝-1 1963年
2021/11/11 ハンナ・アーレント「革命について」(ちくま学芸文庫)-第4章創設(1)自由の構成(続き)、第5章創設(2)時代の新秩序 1963年
2021/11/08 ハンナ・アーレント「革命について」(ちくま学芸文庫)-第6章革命的伝統とその失われた宝-2 1963年

3 共和国の危機――その一 ・・・ 全体主義は教義の問題ではなく、思考様式や運動、政治組織の様式の問題であって、民主主義も全体主義イデオロギーになる(なるほどルソーの社会契約論がそうだよな)。そうしてみると、50年代以降のアメリカにも危機がある。マッカーシズムのような反共主義は転倒したスターリニズムであるし、政府の高官や政治エリートたちのウソ、事実無視など自由の諸制度が揺らいでいる。

4 共和国の危機――その二 ・・・ アーレントには保守性もある。1950年代以降のアメリカの人種差別問題や学生運動反戦運動の評価において特に。「革命について」でアーレントは社会問題の解決に政治は無力であると主張。そのとおりで政治で解決しようという運動には冷淡だし、これらの新しい運動にも再来した「共和主義」だけを評価するような保守性があった。

5 二十世紀としてのアメリカ ・・・ アーレントは20世紀アメリカの資本主義と大衆社会に無理解ではなかったか。(面白い指摘は19世紀の保守は産業社会化と近代化を批判していたが、20世紀後半は急進派のテーマになった。このような保守と革新のねじれが生じているという点。ネトウヨオルト・ライトは運動を通じて社会を不安定にするが、産業社会と近代化には総じて賛意を示すというねじれもあるなあ。)

 

 「革命について」でアメリカの共和主義に可能性をみたのであるが、同時代の出来事になるとアーレントは批判的になる。それも保守的な姿勢を示すことで。たとえば「リトル・ロック事件」においてアーレントは黒人が学校に行かないようにすることを主張する。同時代では、公民権運動に水を差すもの、差別の現状を維持するものとして批判を浴びた。21世紀の視点で見ると、校内の生徒、教師がすべて白人であり、校内で差別やいじめを経験したときにシェルターがないのは大問題。被差別者の問題を受け入れる大人のいない閉じた社会に極めて少数のマイノリティの子供がいることは危険だ(実際、ほとんどの生徒は退学してしまう)。というようなその後のアファーマティブアクションなどの実践を通じて獲得した方法がまだないとき、アーレントの批判は多くの進歩派、人権派からすると保守的にみえてしまう(たぶんそれは「イェルサレムアイヒマン」でもあったと思う)。

 

 

2021/11/29 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-4 2014年