odd_hatchの読書ノート

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ジャン・ジャック・ルソー「社会契約論」(岩波文庫)-2

2021/12/13 ジャン・ジャック・ルソー「社会契約論」(岩波文庫)-1 1762年の続き

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 半ばを読んでわかったのは、ルソーの民主制はギリシャやローマの政治をモデルにしていること。既存の絶対王政がドレイ状態をつくりだしているとき、それに対抗する政治のありかたを新たにつくるのではなく、過去の政体を参考にする。明治維新の際に、律令制の役職を持ち出すのに似ているか。
 なのでルソーは、主権者の条件を、1.広く深く情報を持つ、2.同質な習俗をもつ、3.自由と平等をすでに実現している(余暇がある)、4.経済格差がない、とするのだ。恒産をもっていて自ら労働する必要がなく、コミュニティや政治を考え、周囲の似たような境遇の人々を知っていて、議論できる人々が主権者として政府や国家に関与できる。参加や関与のしかたは定期・不定期の集会。そこで話を聞き、話をして、意志決定に参加する。そういうシステムをルソーは構想している。
(当然のことながら、主権者は国家の構成員である成人男性だけ。女性も、移民も主権者になれない。)
 とはいえ、人はドレイ状態にあってはならないので、貧困からの解放を目指さなければならない。それだけでは不十分なのであって、資産をえて自由と平等を実現する。そうなってようやく社会の福祉を実現するために市民として国家に参加することになる。そのようなシステムがあれば、政府の形態として民主政・貴族政・王政が同列に並ぶ理由がわかる。一般意思の集約によっては、主権の一部を一部の人や個人に譲渡して、彼らに政治の全権をゆだねることが可能になるからだ。
 18世紀末にはイギリスで立憲君主制や議院内閣制が成立していたのに、それをモデルにしないところは、アナクロな発想に思えた。そのせいか、ここには政府の機能(統治者や行政者)の説明はあっても、代議員はでてこない。市民や国民の代表を選び、決定プロセスを公開し、ときに罷免し、政府機能に抵抗するという発想がない。そのために、悪い政府を倒すのは、クーデターか暴動かになってしまう。主権が人民・市民(ルソーの表現なのか翻訳の仕方なのか、似たような表現が説明なしで出てくるので読むほうは混乱)にあるという指摘は重要だが、政府・政治に参加・関与するしかたがあいまい。(くわえて、すでに自由と平等を実現しているものが主権者なので、政府やルソーは自由や平等よりも社会の安定や秩序を優先する。権利の制限や国家による市民の死を肯定するところはとても問題がある。)
 主権者の範囲を「同質な習俗をもつ」ことにしているのは、国土に住んでいるものは国家を承認していることになることの言いかえ。すでに国家が存在していることが前提になっていて、その発生の機序や起源は問われない。一般意思の表れである国家の存在は疑いえないことで、かつほぼ自動的に住んでいる人は国家の権力下にあることになる。一般意思を具体的に行政や執行するものは交代することはできても、国家を廃止するところまで考えは及ばない。ここから民族概念が生まれることになり、なるほどルソーの考えは革命後の国民国家の誕生を予言するものであった。
 さらにルソーの考えに懸念を加えると、国家や政府の目的は共同の利益や社会の福祉にあるとされる(ようだ、明示されていない)。ルソーの利益や福祉は功利主義。こうすると社会のマイノリティの利益は排除され、害悪を押し付けられることになる(実際に、革命後には農民が市民の政府と対立したのだった)。そうなってもよいとされるのは、ルソーは一般意思が最重要であると考えているため。一般意思が誤る可能性、少数の扇動や暴力で乗っ取られる可能性などを想定していない。そのような概念を優先するところが危ういのだ。ときに概念を優先すると、敵対する人々や意志が命令する法律や法令に従わない人と処罰してしまう。実際にフランス革命でそうなった。こういう動機や意図を優先するのではなく、成果や行為など他人が検証できる指標を政府や国家の目的にすることが必要。

 

 という具合に、ルソーの「社会契約論」を読んだ。貧困からの解放を目した活動が人間を抑圧・服従させることになる。この後19世紀から20世紀の革命で起きた問題や被害を先取りしている書だった。
ギリシャやローマの民主政を参考にした人に、ルソーのほかにアーレントもいた。アーレントは自由な市民が平等に集まって議論し政治に参加することを重視した。ルソーは一般意思に集合された政治のシステムがうまく機能することを重視した。そうした注目点の違いで、アーレントファシズム批判を行えたし、ルソーは全体主義を示唆する先駆けにもなった。)