odd_hatchの読書ノート

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黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-2 パリで見つかった死美人。容疑は息子にかかったので、老探偵は重い腰を上げる。

2022/04/29 黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-1 1891年

 

 鳥羽(トリハ)探偵は英国出身でしきりに両国を行き来するとか、英国のレビュー団がフランスを巡回巡業しているとか、英国のウィスキー会社がフランスで営業しているとか、両国の民間交流はさかん。当時のこととて、互いに相手を蔑視・警戒する差別的感情がでてしまう。

 裁判から半年。パリにインドから来たという紳士が社交界にデビュー。インドにいた伴大佐の係累を探し財産を贈るという。その話に乗ったのが鳥羽探偵。その紳士じつは零骨先生にお目通りを伺い、さっそく捜索を依頼されることに成功。零骨先生も鳥羽の様子を知りたいので、双方に得がある。さて、稗田は下女の消えた停車場で、事件のあった家の隣家に住む石炭小売商夫婦に近寄る。酒を飲ますと、事件のことを語り、家に忍び込んだのは類次郎ではないと証言。稗田は下女探しを夫婦に依頼する。そこに折よく(笑)、倉場倉太郎も現れる。家を整理すると古い書類が見つかり、亡妻が伴大佐の係累であり、一人娘の珠子が遺産相続の権利があるとわかる。稗田が誉田照子を訪ねるところで誘拐未遂。その間に、今度は珠子が誘拐される。零骨先生が倉場の古い書類を見ると、死美人の橋田鞠子の母の名がある。そこにおいて事件は伴大佐遺産相続が目的であり、鞠子を殺し、照子と珠子を誘拐して人知れず殺害するであろうと検討とつける。鳥羽はパトロンの阿部夫人と下女を手中に収め、手下にしているらしい。鳥羽が英国へ短期旅行へでかけるのは、照子と珠子を亡きものとするためか。零骨先生と稗田はパリ近郊にある彼らの隠れ家を見つけることにする。

 

 ここまで53-85回の中盤。ほとんどロス・マクドナルドのハードボイルド。零骨先生も稗田も鳥羽もさまざまな職業に変装して、人に会う。この時代は服装や喋り方、立ち居振る舞いで職業や階層が判別できた(フョードル・ドストエフスキー「論文・記録 上」(河出書房)収録の「途上小景」を参考に)。個々人の個性はまだまだ重要ではなかった。なので、服装と顔貌を変えることで、異なる職業と階層に自在に混じることができる。探偵はそうしたカメレオン的な存在なのだ。警察組織は、署長はアッパークラスと、警官はロウアークラスとしか交流できない。その情報や認識の差異が、事件の謎解きを困難にする。組織と職格が事件の謎解きを困難にするとき、どこにも所属せずだれにでもなれる探偵の存在に意義が生まれる。
(という話はブラウン神父にも共通。チェスタトン「ブラウン神父」について(メモ)
 インドから紳士がくるというのは、イギリスのインド植民地化において、藩王を優遇してインドの住民を分断していたことの証。マハラジャ藩王)である紳士はきわめて金満であり、西洋の資本主義からすると異常なほどの浪費をする(実際はカードゲームでフランスの金満家を手玉にとって掛金を巻き上げるのだが)。そういう西洋規範から離れた異常な人物が西洋に現れるというのが、物語の推進力になる。そういえばドイルやコリンズ、ストーカーなどの19世紀末大衆小説にはそういう異国人や異国からの帰還者が来て、日常をひっかきまわすというのが多かったな。それはドラマの要請というよりも、当時の世相と大衆の興味と恐怖の反映なのだろう。1890年ころになると、日本・中国などの東アジア人が来るようになって20世紀初頭の黄禍論に続く。
 その紳士は船に乗ってフランスに来る。すでに大西洋やインド洋、地中海の航路は完成していて、民間人が使用するものであった。1869年のスエズ運河開通(ヴェルディアイーダ」が上演されるきっかけ)したのも、ヨーロッパとオリエンタルをつなぐことになった。またフランス国内では、汽車が整備され、パリと地方都市を結ぶ主要鉄道網ができていた。なので、零骨先生らはパリの駅に何度も通い、ときに鉄道に乗って近郊の小都市に捜査に赴くのである。それは少し後のドイルによるホームズ譚でも、ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」でもおなじ。こうしてみると、ゴシック・ロマンスも探偵小説も、国家の近代化や科学技術の発展が前提にあって、むしろそれがなければ生まれなかったジャンルなのだろう。

 

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2022/04/27 黒岩涙香「死美人」(旺文社文庫)-3 1891年