odd_hatchの読書ノート

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ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-3

2022/05/11 ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-2 1869年の続き

 1815年の「ワーテルローの戦い」でナポレオンが失脚。すると、王党派が権力の奪還に来るのである。フランス革命以来、四半世紀近く放逐されていたセルムーズ侯爵領はラシュメール一家が管理していたのであるが、帰還したセルムーズ侯爵はラシュメールを犯罪者と断罪して辱め、その一方美しい娘マリ・アンヌを妾にしようと息子マルチアルに嫁がせようとする。マリ・アンヌはセルムーズ侯爵と敵対するデスコルヴァル男爵の息子モーリスの許嫁であり、マルチアルの求婚を断る。マリ・アンヌの美貌にひかれたマルチアルは絶望のあまり、憲兵司令官クルナミューの娘ブランシュと結婚したが、彼女の陰謀癖と嫉妬心にすぐに後悔する。王党派の反動は各地の農民の憤懣になり(革命政府が解放した農地を貴族が取り戻そうとしたため)、ラシュメールらの指導で蜂起することになった。農民が路上に繰り出した夜、クルナミューのスパイであるシュパンの密告で準備を整えていたセルムーズ侯爵は軍隊で待ち伏せて一瞬で瓦解させた。ラシュメールとデスコルヴァルは捕えられ、処刑する判決が出た。このとき、モーリスはセルムーズ侯爵の息子マルチアルが蜂起に加担したという証拠の手紙をだし、取引を要求する。処刑の前夜に男爵を脱獄させれば、証拠(それがでると侯爵は破滅)を隠滅する。公爵は取引に応じたが、用意したロープに切れ目を入れて置き、脱出途中に大けがをさせた。モーリスとマリ・アンヌの行方を追わせるが、容易に見つからない。マリ・アンヌはモーリスの子を孕んでいて、ある司祭の下で療養し、ついに男児を出産する。マリ・アンヌの行方に憲兵らが気付きそうになったので、男児をある医者に託し、マリ・アンヌはひそかに村に戻る。そこには蜂起を指導した若者が用意した隠れ家と金があるのだった。マリ・アンヌの愛を獲得できなかったマルチアルも公爵家に戻っていたが、妻ブランシュはマリ・アンヌがマルチアルとよりを戻すために来たのだと思い込む。ある夜、マリ・アンヌの屋敷に忍び込み、ふと見つけた毒薬(ヒ素)でマリ・アンヌを殺した。彼女の最後の言葉に思い込みが誤りだったことをしったブランシュはパリに逃げ出す。
 この大河ドラマというかソープオペラというかロマンスはみごと。親の確執が革命とナポレオンにあるという背景がよく、親の世代の恨みつらみとこの世代の愛憎関係は正反対であり、親の希望や期待とおりに動くものが一人もいず、子の世代も情報の少なさが思い込みとすれ違いを生じて、一人として思いは結実せず、希望を持つほどに幸福から遠ざかる。なるほどユゴー(「レ・ミゼラブル」)や大デュマ(「モンテ・クリスト伯」)を読んでいるような複雑なストーリー(しかし場面場面ではキャラクターの確執と愛憎は読めばすぐにわかる)。そういえば同時代のグランド・オペラ(マイヤベーアやアレヴィなど)もこういう物語であった。
 それから20余年がたち、いくつもの脅迫に耐え兼ねたブランシュの行き詰まりとマルチアルによる男児捜索、蜂起で処刑された指導者の息子の復讐が第1部「捜索」の事件になるというのはドラマツルギーの弱いところ。マリ・アンヌの死が若者たちの愛憎関係を昇華してしまったからであり、主要人物は落ち着いた生活で満たされているからだ。これは著者ガボリオ30代の若さと多忙な執筆生活のためで、ユゴーや大デュマのような成熟にはまだ到達していなかったからというしかない(ガボリオは42歳で夭逝)。
 そのうえエピローグでルコックが知った「真相」では、第1部「捜索」で判明した善と悪が反転してしまっている。なのでルコック超法規的措置をとることになる。それは第2部の結末にはふさわしいとはいえ、探偵小説としては肩透かし。まあ、大河ドラマと探偵小説の区別がなく、読者が熱狂したのは第2部であるとすると、しかたあるまい。そこはコリンズ(「白衣の女」「月長石」)やディケンズ(「エドウィン・ドルードの謎」)の構成力には及ばない。
 書かれたのが1869年という探偵小説の創始期であるとすると、若者の手になる新聞の連載小説であるとすると、そこまで欠点をあげつらうのも公平とは言えず、ともあれポーと黒岩涙香翻訳と上に挙げた古典を除けば読むことができない19世紀半ばの探偵小説が読めることに感謝するしかない。

    


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